介護付き有料老人ホーム「あんしん村」は、複数ツールの併用や転記作業で業務が複雑化し、人手不足の中で働き方の改善が急務となっていた。こうした課題に対し「kintone」や「Gemini」を導入し、情報の一元管理と業務負荷の削減を実現した。現場に寄り添う丁寧な導入と段階的な仕組みづくりが、介護現場のDXを着実に進めている。
コロナ禍が促したデジタル化への決断
介護業界の現場は、人手不足と事務作業の多さという二重の課題を抱えている。そのため、「DXは、人を減らすためではなく、職員の負担を減らし、利用者さんと向き合う時間を増やすためのものです」と、あんしん村グループ代表の林智之さんは定義する。
2006年に設立した介護付き有料老人ホーム「あんしん村」は、福井県内で34室を運営し、職員44人のうち約半数が地元出身という地域密着型の運営を行っている。
コロナ以前は、予定管理はGoogleカレンダー、カルテ管理はFileMakerなど複数のツールを使い分け、職員が手作業でつないでいた。日常業務は成立していたため、IT業界出身の林さんであっても、全面的な見直しには踏み切れなかった。
しかし、コロナ禍で体験入居や対面対応が止まり、「このままでは業務が回らない」と判断。林さんは、約20種類のツールを比較し、クラウド型ノーコード業務アプリ「kintone(以下、キントーン)」を選んだ。分散していた情報が一元化され、転記や重複作業が減り、人件費換算で年間約316万円相当の削減につながった。キントーンのランニング費用を差し引いても十分に費用対効果が見込める。
デイサービスの連絡帳や会議録もクラウド化した。音声認識AI「Gemini(ジェミニ)」の音声入力で議事録を作成し、「1時間の会議でもきれいにまとめてくれる」と林さん。文字起こし作業の時間が大幅に短縮された。シフト作成や食数計算、出勤簿の管理も自動化が進み、「出勤簿は4日かかっていたものが1日に、厨房(ちゅうぼう)では毎月12時間かかっていた作業が大幅に短縮されました」と成果を実感している。
現場に寄り添ったツール導入の工夫
新しい仕組みの導入は丁寧に行った。職員の8割が女性で平均年齢は50代。ITスキルは高くない。そこで、「操作マニュアルを紙で配るより、画面共有で一緒に触ってもらう方が早い。『触ってみよう』『壊しても大丈夫』という雰囲気をつくりました」と林さん。“誰も取り残さない導入”を徹底した。
今では年配の職員を含む全員がキントーンを扱える。誤操作を防ぐため、アプリのアイコンにイラストを使うなど、分かりやすい工夫も重ねてきた。
「現場からは『ここを自動化できないか』という声も出るようになりました。請求業務など、まだ二重入力が残る部分もありますが、『ここを減らしたい』『こうすると早くなる』という相談が増えています。業務フローを一緒につくり直しながら、効率を上げる方法を現場と考えているところです」
一方で、林さんは、今回つくった仕組みは「介護以外の業界でも使える」と感じている。「行政書士、社会保険労務士、学校関連の方やほかの業種の方でも、この話を聞くと『興味ある』『使えるね』と言ってくれます」と語る。実際、NPO法人と連携し、ほかの介護事業所への展開も進めている。
林さんは「最初から100点満点を目指さなくていい。70点ぐらいで進めればいい」とアドバイスする。「あんしん村はすべてデジタル化されていると思われがちですが、実際は70点から80点くらい。閲覧性の高さから、紙も残しています」。
DXは「効率化」だけではなく「心の余裕を生む仕組み」でもある。「まずは仕事の段取りを見直すことが大事。その次にデジタルツールの検討です」。
一気に完璧を求めず、できるところから取り組み、合わなければ直す。その繰り返しが現場に合った形になるという。
あんしん村のDXは、残業ゼロの実現や新卒採用などの成果を生み出した。林さんはその経験を自社にとどめず、地域社会に共有する方法を探っている。
わが社のDX推進成功のポイント
課題
・紙・Excelなど多数のツールが乱立し、情報が散在・分断していた
・属人化・人力依存の業務が多く、転記・確認・二重入力が日常化していた
DX推進のための工夫
・約20種類のツールを比較し、ノーコード業務アプリ「kintone」を採用し、業務アプリを自社内で構築。 文字起こしには音声認識AI「Gemini」を利用
・小グループでのレクチャーで誰も取り残さない導入を徹底
成果
・分散していた情報がクラウドで一元化され、転記・重複作業が消滅。年間削減効果は人件費換算で約316万円
・出勤簿は月4日分の作業が1日に短縮。厨房作業は月12時間→4時間へ削減
・残業ほぼゼロ、新卒採用につながり、経営面でも売り上げ22%増など効果が表れた
会社データ
社 名 : 有限会社あんしん村グループ
所在地 : 福井県福井市北四ツ居2丁目7-17
電 話 : 0776-54-2931
HP : https://ansinmura.jp
代表者 : 林 智之 代表取締役
従業員 : 44人(正社員12人)
【福井商工会議所】
※月刊石垣2026年1月号に掲載された記事です。
