厚生労働省はこのほど、「平成30年版労働経済の分析」(労働経済白書)を公表した。「労働経済白書」は、雇用や賃金、労働時間、働き方などの現状や課題について、統計データを活用して分析した報告書。今回で70回目の公表となる。30年版は「働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について」と題し、企業の能力開発を巡る課題や多様な働き方に応じた雇用管理、主体的にキャリア形成できる社会の実現に向けた支援策などについて取りまとめている。特集では、白書の概要を紹介する。
第Ⅰ部 労働経済の推移と特徴
雇用情勢の動向①
〇わが国経済は緩やかな回復が続く中、2017年度平均で完全失業率は2・7%と1993年度以来24年ぶりの低水準、有効求人倍率は1・54倍と73年度以来44年ぶりの高い水準となるなど、雇用情勢は着実に改善。
〇地域別の完全失業率は、全てのブロックにおいて低下しており、国際的にも低い水準で推移している。
雇用情勢の動向②
〇雇用者数の推移を15~54歳で見ると、正規の職員・従業員は3年連続で増加しており、17年では2841万人となった。また、大学・高校新卒者の就職率は、調査開始以降、過去最高となった。
〇雇用人員判断DIを見ると、人手不足感は趨勢(すうせい)的に高まっており、18年3月調査では全産業・製造業・非製造業のいずれもバブル期に次ぐ人手不足感となった。
〇雇用形態別に労働者の過不足判断DIを見ると、パートタイムに比べて正社員などで人手不足感が高まる。
賃金の動向①
〇17年度の現金給与総額(月額)は、一般労働者の所定内給与、特別給与の増加がプラスに寄与したことに加えて、パートタイム労働者比率のマイナス寄与が弱まったことにより、4年連続の増加。
〇一般労働者の名目賃金は13年度以降5年連続で増加しており、パートタイム労働者の時給も11年度以降7年連続で増加している。
賃金の動向②
〇女性・高齢者比率の上昇は、一般労働者の賃金に対してマイナスに寄与している一方で、女性・高齢者の賃金水準は、全体との格差が縮小している。
〇国民みんなの稼ぎである総雇用者所得の動向を見ると、女性や高齢者の労働参加の進展によるプラスの寄与(雇用者数)は大きくなっている。
第Ⅱ部 働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について
第1章 労働生産性や能力開発を巡る状況と働き方の多様化の進展
▼わが国の労働生産性の現状
〇わが国の労働生産性(実質)について、G7各国と同様に近年では上昇率が伸び悩んでいる。
〇国際比較によると、労働生産性(実質)の企業規模間格差が大きい。産業別に見ると、製造業では大企業の労働生産性が高い一方で、宿泊、飲食サービス業では中小企業の方が高い。
▼GDPに占める能力開発費に関する国際比較
〇わが国のGDPに占める企業の能力開発費の割合は、低下傾向。
▼能力開発費の推移と今後の人材育成の見通し
〇企業が負担する能力開発費は10年から14年にかけて低下が続いていたが、15年以降増加に転じている。
・産業・企業規模にかかわらず、今後、人手不足感が強い企業を中心に人材育成を強化する動きが生じてくることが見込まれる。
▼社内における人材の多様化の状況と今後の展望について
〇グローバルな経済活動・イノベーション活動を重視する企業では、5年前(13年)と比較し、社内における人材の多様化が進展しており、今後、女性や高度外国人社員を中心に、より一層の進展が見込まれる。
▼人材マネジメントや従業員の能力開発に関する企業の考え方
〇ゼネラリスト・内部人材の育成を重視する企業が主流だが、企業によって人材マネジメントの考え方が異なる。
〇ゼネラリスト・内部人材の育成を重視する企業では、従業員の能力開発を積極的に支援すべきと考えている。
〇ゼネラリスト・内部人材の育成を重視する企業のうち、グローバルな経済活動・イノベーション活動を重視する企業では、今後スペシャリストの重要性が高まると考える企業の割合が相対的に高い。
▼中途採用を巡る概況と今後の見込み
〇正社員などの中途採用実績のある事業所割合は、5年前と比較し上昇しており、大企業の伸びが大きい。
〇大企業では高度なマネジメント能力などを有する人材、中小企業では仕事経験が豊富な人材を採用するために正社員の中途採用を実施しており、大企業・中小企業共に、中途採用は今後増加することが見込まれる。
第2章 働き方や企業を取り巻く環境変化に応じた人材育成の課題について
▼能力開発と企業のパフォーマンス・労働者のモチベーションとの関係
〇OFF-JTや自己啓発支援への費用を支出した企業では、翌年の労働生産性などが向上する関係が見られる。
〇企業における人材育成の目的として、労働生産性や従業員のモチベーションの維持・向上などが多く挙がっている。
〇能力開発に積極的な企業では、労働者の仕事に対するモチベーションが向上する傾向にある。
▼職場の生産性向上などにつながるOJTに関する取り組み
〇OJTに関する取り組み個数が相対的に多い企業では、OJTがうまくいっており、職場の生産性が向上していると認識している企業の割合が高い。
〇段階的に高度な仕事を割り振るなどの取り組みが、職場の生産性の向上などにつながる可能性がある。
▼多様な人材の能力発揮につながる人材マネジメントの取り組み
〇女性社員・高齢社員に実施されている能力開発に関連する人材マネジメントは、いずれの取り組みにおいても、多様な人材の能力が十分に発揮されている企業と課題のある企業との間で生じているギャップが全体より大きい。
〇特に、女性、高齢者に対しては、企業が費用負担する社外教育や目標管理制度による動機付けなどの取り組みが遅れており、より積極的に取り組んでいくことが重要。
▼働き方の多様化に応じた人材育成に向けた課題や今後の取り組み
〇多様な人材の能力発揮に向けて課題がある企業では、人材育成の強化に向けて、人材育成に充てる時間の確保や上司の育成能力の不足を大きな課題と認識している。
〇人材育成の強化に向けて、上司の育成能力の向上や能力開発への取り組みの評価を労使共に重視している。
▼わが国の海外進出の現状と労働生産性や職業能力などとの関係
〇わが国企業の海外進出は着実に増加しており、海外で事業展開している企業では、国内の正社員数を増加させながら労働生産性の向上に結び付けている。
〇職業能力の向上や転勤経験の満足度といった面から、国内転勤より海外転勤の方が高い評価となっている。
▼ICTの進展が働き方に与える影響など
〇製造業・サービス業共にICT業務の集約度が高いほど非定型業務従事者の割合が高いという関係が見られる。
〇AIの活用が一般化する時代において、労使共にチャレンジ精神などの人間的資質や対人関係能力が重要と考えている。(図1)
第3章 働き方の多様化に応じた「きめ細かな雇用管理」の推進に向けて
▼多様な人材の能力発揮と労働生産性などや雇用管理との関係(図2)
〇多様な人材が十分に能力を発揮し、労働生産性などの向上につなげていくためには、能力開発機会の充実や従業員間の不合理な待遇格差の解消(男女間、正規・非正規間など)などにしっかりと取り組むことが重要。
〇特に、女性社員や高齢社員に対しては、能力開発の充実や仕事と介護の両立支援に加え、本人の希望を踏まえた配属・配置転換や復職支援などの取り組みが重要。(図3)
▼限定正社員という働き方の導入状況と企業・労働者の意向
〇限定正社員という働き方を導入している企業の割合は、大企業では半数近くとなっている
〇企業が限定正社員という働き方を活用する理由として、仕事と育児・介護・病気治療の両立支援や多様な雇用管理を挙げており、女性の労働者で限定正社員という働き方を希望する者の割合は約5割となっている
▼限定正社員という働き方を導入する効果といわゆる正社員と比較した際の不満
〇限定正社員という働き方の導入は従業員の定着率の向上に効果があるが、いわゆる正社員と限定正社員ともに、賃金の在り方などを中心とし、双方の働き方に対して不満を抱えている者がいる。
〇そのため限定正社員という働き方を導入する際には、業務遂行方法の見直しに加えて、賃金などの待遇差の在り方について、いわゆる正社員と限定正社員の双方が納得できるよう労使でよく話し合っていくことが重要。
▼高度専門人材の活用と労働生産性との関係など
〇高度専門人材の獲得は、労働生産性などの企業のパフォーマンスを向上させていく観点から重要であり、そのためには高度専門人材の特性を勘案した特別な雇用管理を別途行うことも有用な取り組みである。
▼高度外国人材の動向と活用に当たっての課題
〇専門的・技術的分野の外国人労働者は情報通信業、製造業、卸売業・小売業を中心に増加している。
〇高度外国人材はテレワークなどの柔軟な働き方について改善すべきと考えている一方で、企業人事担当者はそれを課題だと十分に認識できていない。
▼管理職が感じる職場の環境の変化と管理職の登用・育成に向けた課題
〇業務量の増加や成果に対するプレッシャーの強まりを感じる管理職が多い一方で、労働時間・場所に制約がある社員が増加していると感じる管理職が増加しており、管理職に昇進したいと思わない者が相当程度いる。
〇管理職の育成に当たって、希望者は優先的な自己啓発の費用負担が重要と考えるが、企業の認識は十分でない。
第4章 誰もが主体的にキャリア形成できる社会の実現に向けて
▼わが国の労働市場における転職を巡る状況
〇足下の転職は活発化しており、加齢とともに、転職者が過去に経験した転職回数は増加傾向にあることを踏まえると、人生100年時代が見据えられる中、今後転職を検討する機会が増えていくことが見込まれる。
▼転職者の職業生活全体の満足度などを巡る状況
〇転職者の職業生活全体の満足度は若年層を中心に高い傾向にある。
〇転職者は、自分の技能・能力が生かせること、仕事の内容・職種への満足感に加えて労働条件が良いことなどを理由に転職先を選んでいる。 また、転職後の教育訓練の実施が、職業生活全体の満足度の向上につながる可能性がある。
▼わが国の自己啓発の現状と自己啓発の効果
〇自己啓発の実施率は、男女共に加齢に伴って低くなっている。
〇自己啓発の実施は、一定の期間を経過した後に仕事の満足度の向上などにつながる可能性がある。
▼自己啓発実施に向けた課題や自己啓発の実施促進につながる取り組み
〇自己啓発を実施する上で、時間の確保や費用の高さに加えて、女性では家事・育児の忙しさが課題となっている。
〇自己啓発の実施促進に向けては、金銭的な援助だけでなく、教育訓練機関などの情報提供やキャリアコンサルティングを行うことが、有効な取り組みとなる可能性が示唆される。(図4)
▼「雇用によらない働き方」のキャリア形成に向けた課題①
〇自営業者(雇人なし)が減少する中、そのうち情報通信機器を活用して働く自営業者は増加しており、収入も多様な状況にある。
▼「雇用によらない働き方」のキャリア形成に向けた課題②
〇情報通信機器を活用して働く専門職従事者は、自営業者(雇人なし)全体と比べて自己啓発実施割合が高い。
〇独立自営業者には、収入に関する不安などを抱える者が多い中で、キャリア形成などに関する課題を挙げている者も一定程度存在しており、今後独立自営業者が増加する場合、スキルアップなどのための方策についても検討する必要がある。
▼高等教育機関の活用状況と課題
〇大学などでの学び直しは、仕事に必要な能力の向上や就労に対するモチベーションの向上に効果がある。
〇学び直しの課題として勤務時間の長さなどが挙げられ、夜間・休日開講など柔軟な教育の提供が求められる。
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