40年以上にわたり、金型職人として鏡面磨きの仕事をしてきた高橋健司さん。その中で培った技術をもとに、自らのアイデアを製品化した爪削り器「うすけずり」が、発売から8年以上たった今もコンスタントに売れ続けている。一般的なクリップ型爪切りとは、全く仕組みの異なる同商品。どんなきっかけで誕生し、着目されるようになったのか。
頭に思い描いていたアイデアを形にする
直径約3㎝のUFO型をした物体――。実はこれ、伸びた爪を安全に手入れできる爪削り器だ。一般的な爪切りといえば、上下の刃で爪を挟み、テコの原理で切るクリップ型だが、使い方を誤ると指先の皮膚を傷つけてしまう恐れがある。そうしたリスクをなくそうと、タカハシ金型サービスが開発したのが「うすけずり」だ。
丸く盛り上がった中央部には筒形の金属が内蔵されており、その穴に爪先を当てて左右に動かすだけで、おもしろいように爪が削れていく。穴の縁を触っても痛くなく、もちろん皮膚が切れることもない。さらに、裏側はやすりになっているので、爪先の形を整えることもできる。そんな安全性や利便性が評価され、発売以来コンスタントに売れ続ける隠れたロングランヒット商品となっている。
同商品の生みの親は同社社長の高橋健司さんだ。高橋さんがアイデア品を開発するようになったのは、昭和60年ごろからだという。それまでは金型職人としてキャリアを積み、社員を10人ほど抱える会社を経営していたが、仕事が減ってきたことを受けて廃業し、自らのアイデアを製品化する仕事を1人で始めた。その第1号が「スワンタッチ」という本のしおりだ。
「いきなりアイデア品の開発を始めたわけではありません。金型の会社をやっていたときからアイデアがいくつも頭の中にあり、1人になったことを契機につくってみることにしたんです。私は本が好きで、電車の中などでよく読むんですが、ついウトウトしてどこまで読んだか分からなくなることがありました。そこでページをめくるたびに、スワン(白鳥)のくちばし部分が読んでいるページに自動で移動するしおりを思い付いたんです」
こうして誕生した挟み変え不要のしおりは、たちまち人気商品になった。
納得のいくものができるまで安易に商品化しない
アイデア品づくりをする傍ら、高橋さんはボランティア活動にも取り組み、近くの施設で障害を抱える人々のサポートを行ってきた。その中である日、「爪を切るのが怖い」という声を耳にした。目の不自由な人など、誤って爪切りの刃で指先を切ってしまうことが少なくないのだ。また、爪切りを介助する方も、指を傷つけてしまわないかと緊張を強いられるという。「誰でも手軽に安心して使える爪切りをつくれないものか」と考えていたところ、意外なところでヒントが見つかった。
「何の気なしに5円玉を触っていて、気付いたら爪がきれいに削れていたんです。硬貨の穴はとがってはいませんが、鈍角の刃には柔らかいものは切れず、固いものは切れるという特徴があるんです。ですから5円玉のような形状にすれば、指先を傷つけずに爪が削れるんじゃないかと思いました」
そこから試作品づくりが始まった。障害のある人、子どもや高齢者など、さまざまな人を想定しながら、円盤型に成形したプラスチックを何種類もつくり、さらにその中央部に埋める金属を何パターンもつくっては使い勝手を確かめた。7年近い歳月を費やし、ようやく出来上がったものに「うす削り」と名付ける。平成17年の「板橋区製品技術大賞」に出品すると、見事、優秀賞に輝いた。その直後からバイヤーの問い合わせや注文が舞い込んだが、高橋さんは商品化に消極的だった。
「出品先で来場者から『刃がすり減ってしまったらどうするの?』と聞かれたことが引っ掛かっていました。平面的な形状だと、刃をうまく研ぐことができません。そこで中央部を丸く隆起させ、刃を研ぎ直せるように改良しました」
ようやく納得のいくものが完成し、21年、満を持して販売を開始した。
常にユーザーを想定して改良と試作の日々
ここから快進撃が始まる。同年、東京都のトライアル発注認定制度にて、優れた新商品と認定された後、板橋区の産業見本市への出品が決まる。その会場で巣鴨信用金庫の担当者の目に留まり、22年の同信金主催の見本市に出展を果たす。会場に持ち込んだ400個はたちまち完売し、その盛況ぶりが取材に来ていたテレビ局によって全国放送されると、福祉施設や老人介護施設などから注文が殺到した。同社だけでなく、主催者の同信金にも問い合わせが相次ぎ、結果的にその1カ月で3000個以上が売れ、以降も半年で5000個のペースで売れ続けている。24年には東京商工会議所板橋支部から「板橋Fine works」に認定され、より広く認知されるようになった。
「実は売れ始めた当初、より多くの人に親しんでもらおうと、商品名を『うすけずりん』にし、パッケージデザインもリニューアルしたんです。ですが、もともと福祉器具としてつくったものなのでどうもしっくりこなくて、『うすけずり』に変え、台紙もイラストで使い方を示したデザインに変更しました。本体もまだ改良の余地があり、現在進行形の商品だと思っています」
高橋さんが現在力を入れているのは、さまざまな障害に対応できる爪削り器だ。手が不自由でもつかみやすいようにサイコロ状に成形したもの、温もりが感じられる木製のものなど、日々試作に励んでいる。
「私は個人でやっていますし、大手メーカーと張り合っても勝負になりません。ですから隙間を狙った商品を考案して、質感や使い勝手などを泥臭く追求していきたい。人の役に立つものづくりを楽しみながら続けられたら本望です」と柔和な表情の奥に意欲をのぞかせた。
会社データ
社名:タカハシ金型サービス
所在地:東京都板橋区赤塚7-19-20
電話:03-3979-6532
代表者:高橋健司 社長
※月刊石垣2018年1月号に掲載された記事です。
最新号を紙面で読める!