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こうしてヒット商品は生まれた! 文庫X

タイトルを隠すために、長江さんが書いたカバーが掛けられた「文庫X」の売り場。ストレートなコピーが書かれたPOPが、買う気をそそる

岩手県盛岡市を中心に12店舗を展開するさわや書店。出版不況により厳しさを増す書店業界において、盛岡駅ビルにある同社のフェザン店が企画した「文庫X」が、わずか4カ月半で5000冊以上を売り上げる驚異の数字をたたき出した。それが全国の書店にも波及し、現在30万部を超えるベストセラーとなっている。果たして「文庫X」とは何なのか?

「普通に並べても売れない」本の表紙を隠して売る

何とも意味深長なネーミングである。「文庫X」とは、盛岡駅ビル内にあるさわや書店フェザン店が、平成28年7月に始めた販売促進企画で、ある文庫本の表紙をカバーで覆い、書名や著者名を隠して売り場に並べるというものだ。ところが、初日から購入者が続出し、わずか4カ月半で5034冊を売り上げる反響を巻き起こす。しかもこの企画は全国にも波及し、650以上の書店で「文庫X」の企画が行われ、計30万部を超えるベストセラーとなった。

同企画の仕掛け人は、同店文庫担当の長江貴士さんだ。

「『文庫X』の中身は『殺人犯はそこにいる』というノンフィクションで、読んだ率直な印象は、『普通に並べても絶対に売れないな』ってことでした。ノンフィクションは興味のあるジャンルでないと買わない上に、この本は表紙、タイトル、ページ数のどれもが『私の読む本じゃない』と敬遠されると思ったんです」と振り返る。

同書は殺人事件がテーマで、我々の生きている社会の仕組みが、いかに狂っているかを提起するものだ。それは普通に暮らしていると決して気付かないので、多くの人に読んでもらわなければという使命感に近い感情が湧いたという。

「この本を売るためにはどうしたらいいかを考えるうち、『いっそ表紙を隠したらどうか』と思いました。『この本を読んでほしい』というメッセージを書いたカバーを掛けて、興味を引くことができたら売れる可能性はあると踏んだんです」

企画ありきではなく、この本だから成立した

思惑は見事的中した。初日だけで10冊が売れ、最初に仕入れた60冊は5日で完売した。立地の良さを差し引いても、1冊の文庫本が1店舗でこれほど売れるのは異例だという。PR方法はPOP(店頭販促)と店の公式ツイッターだけだったにも関わらず、同年12月初旬に書名などを公表するまでの4カ月半で5034冊が売れた。

「この企画が当たったことで、全国の書店から『文庫X』をやりたいという問い合わせがたくさん来ました。もちろんやるのはOKですが、カバーに書いていい情報は、『税込810円』『500ページ以上ある』『小説ではない』の三つだけという条件を出しました」(長江さん)

ほかの書店でも「文庫X」は飛躍的な売れ行きを示し、各地でブームを巻き起こした。その一方で、思った効果が出なかった書店もある。他の文庫本の表紙をただ隠して売ったケースだ。「文庫X」は企画ありきではなく、この本だからこそ成立した企画なのだ。

「斬新な売り方だったことも確かですが、これほど売れ行きが伸びた理由は、ネタバレしなかったことに尽きます。この本を買った誰1人、『中身はこれだよ』とSNSなどで言わなかったのはすごいこと。表紙を隠す必然を、読者が理解してくれたからではないでしょうか」

この本だからこそ、「文庫X」という手法で売ることができた。したがって、今後「文庫Y」「文庫Z」をやるつもりはないし、やっても売れないだろうと長江さんは言う。

現場の“売る力”を信じて逆境をはね返す

インターネット書店利用者の増大やスマートフォンの普及などにより、書店業界を取り巻く環境は年々厳しさを増している。そうした中、同社は安定した経営を続け、特にフェザン店は業界で「ベストセラー製造工場」「北の仕掛け人」として知られる。

「活字離れと言われて久しいですが、書店業界の苦戦はそれが主な原因ではないと考えています。本には選ぶ、読む、所有するという三つの楽しみがあり、面白い本と出合いたいと思っている人は多い。それをかなえてくれる書店なら、お客さまは足を運んでくれます。それには陳列の仕方やPOPの添え方など、お客さまの立場に立って行う必要があり、それができるのは現場の書店員。ですから私は社員に、『売り上げを上げるのは社長の責任、利益を出すのは現場の責任』と伝えていて、あとは店舗ごとに自由にやらせています」と同社社長の赤澤桂一郎さんは説明する。

赤澤さんの言葉を受け、現場の一人一人が本を売るための企画を考え、工夫を凝らした店舗づくりを実践している。例えば、書店の多くは、文庫なら文庫、新書なら新書というように、種類ごとに整然と陳列する場合が多いが、同店は違う。あるテーマの下、ジャンルや本のサイズに関わらず、ひとまとめに陳列されていたりする。さらに熱のこもった手書きのPOPが所狭しと添えられている。それらは単に売らんかなでやっているのではない。

「僕が売り方を考える際に、意識していることが二つあります。一つは、その本は今読むべき理由があるか。もう一つが、その本は普遍的に読むべき理由があるか。自分が読んで面白かったからお客さまに薦めるのではなく、お客さまに読むべき理由があるから売りたいし、売るべき本になる。そこから買ってもらうための方法を全力で考えます」と長江さん。

「文庫X」は、社長の方針と現場の創意工夫という条件がそろって誕生したベストセラーと言えそうだ。

会社データ

社名:株式会社さわや書店

所在地:岩手県盛岡市大通2-2-15

電話:019-653-4411

HP:http://books-sawaya.co.jp/

代表者:赤澤桂一郎 代表取締役

設立:昭和30年

従業員:25人(アルバイト除く)

※月刊石垣2017年12月号に掲載された記事です。

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