肉まん・あんまん、ゆであずき、カステラなど、数々のロングセラー商品を持つ和菓子メーカー・井村屋。そんな同社の看板商品「あずきバー」は、昨年、発売40周年を迎え、年間販売数2億6700万本の最高記録を打ち立てた。時代は移っても変わらぬ人気を誇る秘密はどこにあるのだろうか。同社の歴史をたどりながら、開発から現在までの道のりを追う。
アイスクリーム事業に進出するも苦戦が続く
昭和48年に登場した「あずきバー」。当初から、あずき、砂糖、水あめ、塩のみを材料に用い、ほどよい固さとすっきりした味わいが幅広い層に支持されてきた。発売40周年を迎えた昨年の年間販売本数は2億6700万本にも上り、過去最高を更新。同社の売上高構成比の約20%を占める堂々の看板商品となっている。
同社の前身は、明治29年に創業した和菓子店。創業者の井村和蔵さんがようかんを製造したのが始まりだ。以降、あずきをベースにした和菓子を次々と生み出してきたが、昭和22年に株式会社井村屋を設立した後、アイスキャンディー事業にも力を入れ始める。38年にはアイスクリーム事業に進出し、バニラ系アイスを発売した。
「ところが、当時の市場は『ホームランバー』がヒットするなど大手乳製品メーカーの牙城で、なかなか食い込むことができませんでした。売上も低迷し、頭を抱えていた開発担当者に初代社長の井村二郎が言ったんです。『うちにはあずきがあるやろ』と。それをきっかけに原点に立ち返りました」と井村屋グループ会長の浅田剛夫さんは振り返る。
井村屋といえば、あずき。では、ゆであずきを凍らせたらどうなるのだろうか。当時、アイスクリームの中にあずきが入っているものはあっても、あずきそのものをアイスキャンディーにした商品は皆無だった。老舗和菓子メーカーの素朴な好奇心から開発はスタートした。
職人の技と独自の工夫で商品化を実現
最初の工程はあずきを炊くことだが、実はこれが一筋縄ではいかない。あずきの粒にはばらつきがあるため、仕上がりの品質を一定にするにはあらかじめ選別を行って、形や大きさ、色をそろえる必要があるのだ。選別後は丸一日水に浸して戻す。ようやく煮る段階に入っても、あくを抜くために何度も水を入れ替えなければならない。
「一番難しいのは砂糖を入れるタイミングです。よく煮えないうちに砂糖を加えると、浸透圧で豆の水分が煮汁に出てしまい、それ以上柔らかくなりません。そこで、あずきが割れて中のあんが出てくるくらいの柔らかさになったところで砂糖を入れる。このタイミングを見極めるには、経験を積んだ職人の勘と技が不可欠なんです」
さまざまな工程を経て出来上がった原液は、バイターラインと呼ばれるアイスバー製造機に流し込んで固めるが、そのまま凍らせると比重が重いあずきの粒が沈殿してしまう。そこで、原液をかき混ぜながら凍らせるというひと手間を加えた。こうして、ようやく納得のいくものが完成。昭和48年に1本30円で発売した。
当時、家庭用冷蔵庫が急速に普及し、51年には普及率100%になったことで、アイスクリーム業界には追い風が吹いていた。同社もその流れに乗り、54年に箱入りタイプの「BOXあずきバー」を発売。着実に売上を伸ばしていき、同社の看板商品へと成長していった。
生産体制の強化でチャンスロスをなくす
それにしても、40年間にわたりユーザーに親しまれ、売れ続ける理由はどこにあるのか。まずは、世間の嗜好の変化に柔軟に対応したことが挙げられる。同商品のメーンターゲットは40~50代の女性たち。健康や美容に敏感な世代だけに、原材料や製法はかたくなに守りつつも、甘さを抑えてすっきりした味わいへとシフトしたことが、多くのファンの舌を飽きさせなかった要因といえるだろう。
それと並行して、生産体制を強化してきたことも大きい。かつては需要の急増する夏場に備え、春ごろから増産体制をとっていたが、最盛期に供給が間に合わなくなることがたびたびあった。そうしたチャンスロスをなくすため、平成18年にバーサラインの導入に踏み切った。
「バーサラインというのはアメリカ製のアイスバー製造機で、冷却液を滝のように吹きかけて固めるので冷却能力が高い。ただ、あずきのように粘度のある原液を扱った実績がないため、これが本当にあずきバーに適しているのか一種の賭けでしたが、結果的に従来のバイターラインでは1時間当たり1万3680本だった生産量が2万6880本まで増加。おかげでその夏は冷夏だったにもかかわらず、売上を10%ほど伸ばすことができました」
23年にはバーサラインの2号機を導入。生産体制の強化と売上は見事に比例している。
意外なアイデアもあるユーザーの声は宝の山
現在、同社が力を入れているのは、あずき商品を若い世代に訴求することだ。その一環で開発したのが「あずきバープラス」。シリーズ第一弾商品として、この7月にはあずきバーを柚子シャーベットでコーティングした「ゆずあずきバー」を発売するという。
「このアイスが生まれたきっかけは、人気デュオ・ゆずの北川悠仁さんなんです。彼があずきバーの長年のファンだったことから、彼のラジオ番組で新商品のアイデアを募集したところ、寄せられた中にあったのが柚子味でした。意外な組み合わせと思うかもしれませんが、かんきつ系とあずきって合うんですよ」
また、昨年からSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)にも乗り出し、若い世代とのコミュニケーションも意識している。例えば、twitter公式アカウントから「あずきバーをレンジでチンするとぜんざいができる」と発信したところ、あっという間に拡散して、ちょっとしたブームになったという。反対に、SNS利用者から思いもよらない発想を得ることもあり、そういった新しいつながりの中に新商品開発のヒントが潜んでいる、と浅田さんは力を込める。
自社の強みであるあずきにとことんこだわって、守るべきものは守り、変えるべきものは変える。「不易流行」とも言うべき姿勢が、いつの時代も変わらぬ人気を保つ秘訣のようだ。
会社データ
社名:井村屋グループ株式会社
住所:三重県津市高茶屋7-1-1
代表者:浅田剛夫 代表取締役会長・CEO
創業:昭和22年
資本金:22億5300万円
従業員:845人(グループ連結)
※月刊石垣2014年7月号に掲載された記事です。
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