本州の中央に位置する高崎市は、古くから交通の要衝として栄え、江戸時代から「商都」として発展してきました。旅人が江戸と見間違えるばかりの繁栄ぶりに驚き、『お江戸見たけりゃ高崎田町、紺の暖簾(のれん)がひらひらと』との言葉を残したほどで、定住して商売を始める人も多かったと伝えられています。現在も「北関東の玄関口」として、上信越と首都圏の結節点の役割を担っていると自負しております。
また近年では、北陸新幹線の金沢延伸やJR高崎線の東京駅乗り入れなど、今まで以上の交通利便性の高まりから、高崎市にはビジネス拠点都市としてさらなる期待が寄せられております。
高崎と言えば「だるま」が有名です。高崎だるまは、眉毛が鶴、鼻から口ひげは亀をモチーフとしており、別名「福だるま」「縁起だるま」とも呼ばれております。多くの人に親しまれ、その生産数は全国の張り子だるまの8割を占めるともいわれております。今年は、元日と2日に高崎駅前で「高崎だるま市」が開催され、2日間で25万人が来場し、にぎわいました。
そんな高崎市で創業した当社は、米穀・小麦粉・配合飼料・肥料などを主に扱う農業関連商社です。私で三代目ですが、創業して110年を超えることができました。これから大きな変化が予想される農業の活性化への貢献と、新機能を提案する商社として行動したいと思います。
私は「負けは実力・勝ちは運」「受けて忘れず・与えて思わず」「深は新なり」などを座右の銘としております。上州名物「からっ風」が作ってきた県民性の故か、群馬県は詩や短歌、俳句など短詩型の文学が盛んで、私も俳句づくりを趣味としております。 「深は新なり」は、本当の新しさとは違うものに目を向けるのではなく、一つのことをより深く掘り下げて行く中にこそあるという高浜虚子の言葉で、俳句づくりはもちろん、会社経営の中で一番大切なものとして実践しております。
高崎の経済が新たな潮流を迎える中、当県で最初に、関東で6番目に、全国で33番目に創立された高崎商工会議所は、一昨年創立120周年という節目を迎えました。この120年の歩みは、まさに激動の時代を生き抜いた先人諸賢の果敢な挑戦の歴史であり、高崎経済の軌跡そのものであります。改めて、諸先輩方の優れた先見性と進取の気風、たゆまぬ努力に心から敬意と感謝の意を表します。
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