臼杵市は、東九州中部に位置しています。気候は温暖でリアス式海岸に囲まれており、風光明媚な所です。古くは大友宗麟の城下町として南蛮貿易で栄えました。また、「デ・リーフデ号」の到着によりオランダとの交流が始まる契機となるなどキリスト教や南蛮文化との関係が深いまちです。
このような歴史を背景に産業も古くから醤油・味噌や清酒・焼酎の醸造業が発展し、近代では造船業を基幹産業とし発展してきた工業都市でもあります。最近では国宝「臼杵石仏」や古いまち並みとともに、「臼杵ふぐ」をはじめとした「食」も脚光を浴びており、観光客が増加しています。
当社は文久元(1861)年に創業しました。もともとは小手川酒造の分家として、醤油、味噌の製造、販売をしていました。戦中・戦後の苦難の時を経て、高度成長期にヒット商品を市場に送り出すことができました。これにより、九州のトップメーカーとなりましたが、昭和50年代に入ると、醤油、味噌のマーケットが飽和、縮小。このままではいけないと考え、ドレッシングなどの周辺調味料にチャレンジしました。現在では、醤油、味噌、ドレッシング、その他調味料が、それぞれ売上の四分の一になるまで成長しました。
当社には、作家の野上弥生子さん(二代目金次郎の姉です)の3つの訓えが残っています。「お味噌の味はよいですか」「お給料は充分ですか」「銀行の借入金は減りましたか」というものです。これは歴代社長に対する質問ですが、今は、経営者への戒めの言葉として掲げています。
私は、中学、高校、大学と足かけ10年間、陸上競技に打ち込みました。臼杵西中学の同窓生には、後年旭化成で双子のマラソンランナーとして活躍した宗兄弟がいます。彼らが「世界を目指す」と言っていたのが、大変印象的でした。
社会人としては9年間、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)にお世話になりました。銀行では、社会人としてのイロハに加えて、業界分析、財務分析など企業の見方を教わることができ、経営者として貴重な経験を積むことができました。
来年、社長として30年を迎えます。当社は、「社員が子どもを入れたい会社になる」をモットーにしています。今後も地域に貢献できる会社であり続けたいと思います。
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