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あの人を訪ねたい 井浦新 

「人生は一回限りの旅のようなもので、これまでの経験が血肉となってきています。40歳間近になった今も迷いはありますが、自分の信じた道を突き進みたいと思います。将来、自分の積み重ねをより自由に表現ができる日に向けて挑戦を続けます」

俳優・井浦新さんには、柔らかな容姿の奥に、硬質な強さがある。映画、ドラマだけでなく、最近では毎週日曜日の朝9時から放送されるNHK-Eテレ「日曜美術館」の司会者としてもすっかりおなじみだ。さらに、京都国立博物館の文化大使に就任、一般社団法人匠文化機構にも従事。日本の芸術、歴史、伝統文化を未来につなげ、広げていく活動など、ジャンルを越えて幅広く活躍している。

日本の伝統、文化をもっと知りたい

小さなころ、家にはけん玉などの玩具や全国各地の民芸品などがたくさんあった。そのため、日本の民芸品はとても身近なものだった。その民芸品を生み出す日本の手仕事が好きだと言う。

そして父親からの影響もある。父は旅が大好き。一緒によく遺跡などを訪ねたり、美術館、博物館巡りなどをしていた。

「そのため、僕も旅が好きになり、10代後半からは一人であちこちへ行くようになりました。そのときは海外ばかりです。どこへ行っても、日本の伝統や文化について聞かれるのですが、ちゃんと説明できないのです。日本のことは知っているつもりだったのに。がくぜんとし、もっと日本の伝統や文化、日本ならではの手仕事を深く〝つかみたい〟〝知りたい〟と思うようになり、日本各地を訪ねるようになっていきました」

オフはもちろん、仕事で地方へ行くときも合間を縫って、カメラ片手に歩き、その地でしか見られないものを探す。いつしかそれがフィールドワークになっていた。

「工芸品だけでなく、農具などにも目が行きます。納屋にある背負い籠など、何とも形が美しく、使いやすさまでも考えられています。生活の工夫から生まれた、日本ならではのモノに無性にひかれます」 旅の最中には何人もの職人と出会う。彼らには、どんな思いで仕事をしているのか、現状をどのように未来へつなげていこうとしているのかを聞くこともあるという。

「圧倒的な消費社会に押されて、伝統工芸はとても厳しい状況にあります。でも、自分の代で終わるかもしれないという危機感を抱きながらも、何とか自分たちが受け継いできた技術だけは後世に残そうとしている方が多くて。その毅然とした姿勢に心打たれることが多いです」

職人の本質は役者に通じる

職人には何十年と積み重ねてきた歴史と伝統があって、今がある。だから、話を伺うたびに「昨日今日の知識だけでやってはいけないこともある」と気付かされることも多いという。

「そう考えると僕なんてまだまだ。真摯な気持ちで、自分のやるべきことを追求していかないと。なかなかそういう職人さんのようにはなれないなと感じます」

同時に、時々こんなことも思う。 「昔とは違う今だからこそ、あえて当時のやり方を貫くことに価値は絶対あると思うのです。一方で、伝統の残し方、未来への伝え方を考えたときに必要になってくるのは、職人の中にあるアーティスト的な感性なのかなって。洗練された技術に加え、自身の感性をセーブせずに全開にしてものづくりをする。そこから新たに生まれるものが、きっとこれからの伝統、手仕事を支えていく。そんな気がしています」

こう考えるのは、役者も同じだからだという。役者も、確かな技術を持った職人でなくてはならないし、豊かな感性を使うアーティストでなければならない。そう思っているからこそ、出会う職人たちが、自身の内なるアーティスト性を、どう受けとめ、どう生かしているのかが気になるのだ。

長年のフィールドワークが仕事へつながる

これまで「単なる一人遊び、趣味のフィールドワーク」だった全国各地の旅での経験、知識が、ここにきて大きく生かされ、実を結びつつある。その一つが、京都国立博物館の文化大使就任だ。

「展覧会や京博のさまざまな活動を伝えていくのが主な仕事ですが、個人的にうれしかったのはミュージアムグッズの製作に携わることができたことです。全てではないのですが、日本の手仕事、日本の美術に特化したものを任されています。本当にありがたいです。趣味のフィールドワークが実質的な仕事につながっていったことがうれしいですね」

また、NHK-Eテレの「日曜美術館」の司会に抜てきされたことも自身にとっては大きな出来事だった。この番組は若いころからずっと観ており、いつか司会をしてみたいと憧れていたのだ。

「どうすれば、美術や文化に関わる仕事に就けるのか、ずっと考えていました。マネージャーには相談していましたが、自分からアピールするのが得意ではないので。そんな中、文化大使と司会へのオファーが同じ年に舞い込んできたんです。感謝の気持ちでいっぱいでした。どちらも妥協することなく、真摯な気持ちで、取り組ませてもらっています」

また、井浦さん自身、ものづくり集団「ELNEST CREATIVE AVTIVITY」のディレクターでもある。

「衣類や生活に必要なプロダクトなど、いろいろつくっています。トレンドやジャンルに全く属さない、むしろそこに背を向けたものづくりです(笑)。ただ、フィールドワークもものづくりも、そして役者もバラバラでやっていたものが、こうして一つにつながって文化大使や美術番組の司会という新しい仕事が僕に与えられたわけです。とにかく好きなことは、脈絡がなくてもひたすら続けることが大切なんだと、実感しています」

ある作品との出会いで仕事への向き合い方が変わる

モデルをしていた井浦さんが、是枝裕和監督の映画『ワンダフルライフ』に主演し、役者デビューしたのは23歳のとき。洋服づくりを始めた年でもあった。「どちらかといえば、ものづくりのほうに興味があった」ため、縁あって飛び込んだ現場は楽しいと思いつつも、役者の面白さがなかなか分からなかったという。

「役者だけで勝負している方々と比べたら、畏れ多い感じもしていたし、何となくいつも、もやもやといろいろ考えていたのですが、6、7年前にその感覚がストンと消え、役者という仕事が、素直に面白いと思えるようになりました」

きっかけはある作品との出会いだった。それは、映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」だ。

「若松孝二監督の一途で純粋な生き方にも衝撃を受けたし、命懸けで生きる人を演じて、自分の内側にある、すごく人間臭いものに気付いたんです。それまで正直、自分は人間嫌いだと思っていたのですが、そんなことはなく、実は人が好きでたまらないんだ、だからこそ、手仕事や歴史などに興味があるのだと思ったんです」

撮影現場はプロ意識が高かった。

「照明技師、撮影部、メーク、衣装といった職人さんたちと同様、俳優も俳優部所属の職人、専門職の一つなんだと感じた瞬間があったんです。それからはちゃんと頑張ろうと素直に思えました。ようやく役者人生のスタートラインに立てたような、そんな感慨がありました」

この出会いをきっかけに仕事への向き合い方が180度変わっていく。どんな役でもやりたいと思うようになった。「以前は自信がなくて、自分にできそうな役しか選べなかった。というか、選ぶということをしてしまっていたのです。でも、選ぶなんて、そんなつまらないことはないなと。選ばないで役との出会いをどこまで楽しめるかということに挑戦したいですね。それこそが今の自分に与えられた修業なのだと思えるようになりました」。

役者だけでも多忙な毎日を送る井浦さん。それにもかかわらず、ほかの仕事にも全力投球だ。その原動力はどこから来ているのだろうか。

「人生は一回きりの旅。さまざまな人と出会って別れて、大きなものを得ては失って。そういう経験が、自分の血肉となっていくと信じているからだと思います」

人生には楽しいことばかりではなく、つらい時間もあって、何もなくただ淡々と修業したり、ただ挑戦を繰り返すという、人生の〝仕込みの時間〟もある。でも、どんな瞬間も、そして、どんな経験も必ず自分に返ってくる。だからこそ、常に一生懸命でいたいと井浦さんは考えている。

井浦さんは今年40歳になる。論語の中にある孔子の有名な言葉「四十にして惑わず」が心に染みるという。

「本当に的を射ているなと、思います。40歳間近になりましたが、正直、まだ惑いはあります。でも、迷ってはいられません。今まで培ってきたものを信じて突き進むときが来たような気がしています。そういう意味で、今こそがまさに人生のスタートラインなんだという気がしています」

そして積み重ねてきたことを、より自由に表現していけるのは、60歳を過ぎたあたりからだとも考えている。「そこまでの人生は、挑戦でしかないと思っています」と語る井浦さんにこれからも注目したい。

井浦新(いうら・あらた)

俳優/クリエイター

1974年東京都生まれ。98年、映画「ワンダフルライフ」で初主演。以後、映画、ドラマを中心にナレーション、雑誌連載など幅広く手掛ける。代表作に映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」「かぞくのくに」など。7月からはTBS 木曜ドラマ劇場「同窓生〜人は、三度、恋をする」に主演。2013年4月よりNHK「日曜美術館」のキャスターを担当、「京都国立博物館 文化大使」に就任、7月には、「一般社団法人 匠文化機構」にも従事。日本の芸術、歴史、伝統文化を未来につなげ広げていく活動を行っている。

写真・山出高士

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