事例2 女性、母、生活者の目線で「地域の食」をプロデュース
長田 絢(おさだ・あや)/Japan Food Expert
名古屋を中心に〝食〟に関する幅広い活動を展開している長田絢さん。地域と密着しながら、健康的で豊かな「食」を多角的にプロデュースするその手法は、女性、母親、生活者としての目線から培われたものだった。
子どもの障害をきっかけに食の大切さに気付く
食べることは喜びであり、おいしいものは人を幸せにする。そして、人間の体をつくり、健康の源となる。そんな食の大切さを多くの人に伝えるべく、〝食のプロデューサー〟として東海地方を中心に活動しているのが長田絢さんだ。料理研究家、栄養士、お肉博士1級、猟師……とさまざまな顔を持ち、食育イベントや講演・セミナーの開催、料理教室、企業と連携した食品やレシピの開発、テレビやラジオ番組の企画・制作・出演、食のアンテナショップ「コメル」の運営、食材卸と、多岐にわたって精力的にこなしている。
「食のプロデューサーなんてカッコいいものではなく、食の何でも屋さんといったところでしょうか。さまざまな活動を通じて『食』に対する興味と正しい知識を持ってもらい、食品を買ったり、料理をしたりするお手伝いをするのが、私の役目」と自らを説明する。
そもそも長田さんがこの仕事を始めたきっかけは、20歳で出産した長男の障害だった。長く通院生活を送る中、「もっと自分にできることはないか」と、医学、脳科学、栄養学などを独学で学んだ。そこから「食べ物が体をつくる」という原点に行き着き、健康のための料理づくりに没頭した。その後離婚を経験し、シングルマザーとなり、就職活動を試みるが全くうまくいかない。そこで学歴を取得して学び直そうと、高卒認定試験を受け、名古屋にある短大の栄養学科に入学し、ほぼ同時に「Japan Food Expert」を起業した。
女性や母目線による「食+情報」に価値を見出す
学業の傍ら、長田さんが始めたのは地域食材の卸だ。農家を訪ねて質の良い農産物や畜産物を探し、それを飲食店に売り込む。方々を歩き回り、徐々に顧客を開拓したが、なかなか利益は上がらなかった。そこで、農家も飲食店のシェフも、ほとんどが男性という点に着目。農家は食材をつくるプロだが、それがどう使われるかまでは考えず、シェフも客の大半を占める女性が求める料理を意識しているとは限らない。そこで女性や母としての目線を生かして、「食材をおいしく食べる方法」や「女性に喜ばれるメニュー」を考案し、そのレシピを持って営業したところ、格段に反応が良くなる。そして、食に〝情報〟という価値を付けると相手の心に刺さると分かり、料理教室も開催するようになった。
転機となったのは、若手農家とのコラボによる食育イベントだ。子どもに料理の楽しさを教えるという企画を、市内の商業施設前で行ったところ、その内容に目を留めた関係者から「店を出さないか?」と誘われた。
「私には、何になりたいという欲求があまりないんです。ですから、自分の店を持ちたいなんて考えたこともなかったんですが、店があればもっと多くの人に食の大切さが伝えられるかもしれない。ならばやってみようと思いました」
平成23年、短大卒業後に会社を法人化し、販売と飲食スペースを備えた「コメル」を名古屋市に出店する。当初は売上に苦戦を強いられたが、〝生産者と触れ合う〟〝学ぶ〟というコンセプトの新鮮さから、地元メディアに度々取り上げられて認知度が向上。客足が増えただけでなく、講演やセミナー、テレビやラジオ番組への出演依頼が舞い込むようになった。
〝おふくろの味〟で子どもの成長をサポートしたい
また、そのころ中小機構地域活性化支援アドバイザーにも選定され、農商工連携事業にも関わるようになる。主に企業や農家からの依頼を受けて、新商品や健康メニューを開発するもので、これまでに地元産キノコを加工した「タモギタケと発芽雑穀ご飯の素」、地域の酪農家が育てた牛のミルクでつくった「おやまのアイス」、岡崎のブランド地鶏を使った「岡崎おうはんハンバーグ」など、地域食材を生かした商品やメニューを数多く生み出している。さらに、パッケージデザインの工夫、地域食材をストーリー仕立てで紹介する小冊子や絵本といった販促ツールの制作なども手掛けている。
長田さんをここまで駆り立てるのは、「食で人を幸せにしたい」という強い思いだ。そして仕事を引き受ける基準は一貫して、「人や社会に役立つかどうか」である。
「会社を始めて7年。食についてまだ知らないことはたくさんありますし、栄養学も社会の環境とともに変化していくので、勉強に終わりはないと思っています。これまで、女性、母、生活者としての目線で食と向き合ってきましたが、今後は〝お母さん〟の価値を高めたいですね。食にもっと興味を持ってもらい、家族のために料理をつくる喜びをもっと感じてほしいです。料理を通じて愛情や思いやりを伝えられること、その料理を食べた子どもたちが愛されていることを実感して、健やかに成長できるようサポートしていくことが現在の目標です」と穏やかながらも、きっぱりと語った。
会社データ
社名:株式会社Japan Food Expert
所在地:名古屋市千種区井上町133-1
電話:052-734-4178
※月刊石垣2016年8月号に掲載された記事です。
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