社内のIT化がなかなか進まないと嘆く経営者は少なくない。その理由の多くは、従業員に起因するものだ。経営者は、現場の従業員の拒絶反応とどのように向き合えばいいのか。三重県伊勢市で食堂や土産物店を営む創業100年以上の老舗・ゑびやを、IT化によってよみがえらせた代表取締役・小田島春樹さんに、IT化の心得を聞いた。
ITの最前線にいた社長が紙とそろばんの現場を変えた
1912(大正元)年、伊勢神宮内宮近くのおはらい町で創業した「ゑびや」は、食堂と土産物店を営む老舗。小田島春樹さんは大手通信会社を退社し2012年、妻の実家が営む有限会社ゑびやに入社した。ITの最前線で働いていた小田島さんが見た老舗食堂の現場は、食券で注文を受け、手書きの帳面で売り上げを管理する紙とそろばんの世界だった。食材の仕入れも勘による発注のため、ロスが大きかった。
だが、12年の時点ではIT化の予算はゼロだった。そこで、「ゑびや」の革新は自前のPCと表計算ソフトのエクセルから始まった。13年に初めてレジを導入、食券の通し番号による管理が改善された。14年、エクセルの入力項目を増やし、当日の天気や気温、各メニューの売り上げ、グルメサイトのアクセス数など多くのデータを入力できるようになった。16年、クラウドPOSレジ「スマレジ」を導入、リアルタイムで売り上げが参照できるようになった。さらにエクセル入力の自動化も行った。
そして18年、独自の店舗経営ツール「TOUCH POINT BI」を完成させる。これはAI(人工知能)やビッグデータを活用して来客予測などを行い、勘に頼らない店舗経営を実現するソリューション。ゑびやが運営する「ゑびや大食堂」では、的中率9割という高い精度で翌日の来客数や注文数が予測できるという。販売時の顧客情報を収集するPOSレジとは違い、販売前に未来の情報が得られるわけだ。
ただし、小田島さんの目的は的中率の高さを競うことではなく、発注ロスを減らして利益を上げること、業務の属人化を排して生産性を上げることにある。
「TOUCH POINT BI」を導入したことと、提供するサービスを飲食・小売り・テイクアウトに拡大した結果、12年当時1億円だった売り上げが18年には4・8億円に急増した。その成果を従業員に給与増、休暇増で還元。事業を拡大し土産物を販売する「ゑびや商店」、さらには新会社EBILABを発足させて、ツールの外販にも乗り出した。
ITはトップから使い始め社内の常識に変えていく
長く働いている従業員が多い老舗では、IT化を進めるとついて行けない従業員の不満が高まる。それでも従業員を巻き込んでIT教育を行うべきなのか。小田島さんの答えは明快だ。
「ITの中でも従業員が使い方を覚える必要のあるものと、そうでないものがあると思います。従業員を巻き込んで取り組むという流れではなく、まずはトップやリーダー層が使い、会社の中の常識にしていき、それを使わなければその会社では働けないという構図を作ることが重要です。(IT化はすぐには)成果が見えない投資だが、従業員の退職を覚悟してもトップダウンで推進するべきです」
IT製品の選定は「自分たちの解決したいこと・課題を明確にすること」から始める。例えば受発注がアナログで面倒なのを解決したいのなら、自動発注のシステムを導入したり、ネット発注の仕組みを利用したりする。
ここまでは順調に成長してきたゑびやだが、今はコロナショックの影響を受けている。小田島さんは、どのように対応していくのか。
「まず、既存のビジネスに固執することなくビジネス自体を変化させていきます。このコロナショックが大きなパラダイムシフトのきっかけになると考えているからです。次に、収益性を高めて強固な企業にしていきます。テクノロジーの力をうまく使い、無駄を省き、生産性を上げて収益性の高い企業にしていく。これが今後、定期的に来るパンデミックやさまざまな外的環境要因の変化にも耐えるために必要な手段ではないかと思います。そしてビジネスのルールが変わる潮目に無理をしない。旧態依然のやり方でビジネスを続けることは社長自身、そして、その環境で働く社員を苦しめることになるかもしれません」
不透明で厳しい経営環境の長期化は避けられそうもない。だからこそ、会社と従業員を守るためにトップダウンによるIT化を進めるべき必要がある。
会社データ
社名:有限会社ゑびや
所在地:三重県伊勢市宇治今在家町13
電話:0596-24-3494
代表者:小田島春樹 代表取締役
従業員:50人
※月刊石垣2020年6月号に掲載された記事です。
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