ホルモンのおいしさは洗浄処理の速さにあり
岡山県の北部に位置する津山市。慶長8(1603)年に、森蘭丸の弟である津山藩初代藩主・森忠政公が入府し、津山盆地中央の鶴山(現在の鶴山公園)に城を築き、それを津山と改めたのが始まりとされている。江戸時代には城下町として栄え、今もなお、当時の遺構や古い町並みが残っている。市制施行は昭和4年、現在の津山市は平成17年2月に1市3町1村が合併して誕生し、総人口は約10万人である。
津山といえば「ホルモンうどん」が連想されるほど、B-1グランプリ全国第2位で津山のホルモンが有名になった。おいしさの秘密は牛肉を処理するスピードにある。牛の内臓(ホルモン)は洗浄処理が遅れると、臭みが残るといわれている。市内にある食肉処理センターでは、手間のかかる内臓の処理作業を手早く終える技術を持っているため、新鮮なホルモンを提供することができるのだ。
津山と牛肉のつながりは、津山が山陰と山陽を結ぶ出雲街道にあり、古くから人や物の往来が盛んな交通の要衝であったことに関係している。8世紀にはすでに牛馬を売買する「牛市」が開かれ、京阪神から買い付けに来る牛馬商人らでにぎわっていた。
そんな津山に、この4月、「津山まなびの鉄道館」がオープンし、新たな見どころが加わった。この旧津山扇形機関車庫は、わが国に現存する扇形機関車庫の中で2番目の規模を誇る。
同館の森元哲人副館長は、「価値ある鉄道遺産を後世にしっかり伝え、私たちの暮らしに深く関わっている鉄道の成り立ちなどを紹介していきます。特に、これからの将来を担っていく小・中学生など若い世代に、一層理解を深めてほしい」と思いを語る。この目論見通り、開館から約1カ月後のGW明けには、目標の年間来館数を上回る2万人が来館。同館への小・中学校からの校外学習の予約が先々まで入っているという。
「産業会議所」による地域経済の活性化
津山商工会議所は昨年度、85周年を迎えたのを機に、100周年に向けて、津山をどのようなまちにしたいか、そのために何をすべきかを、提言書の形にまとめた。その提言書では、「産業会議所」づくりと、「エコノミック・ガーデニングの推進」を2つの柱に掲げる。商工会議所の松田欣也会頭は、こう説明する。
「一つ目は『産業会議所』をつくること。医療や各種団体、行政といった従来の枠組みを取り払い、真の意味での関係各所との連携が必要だと思っています。商工会議所の副会頭3名のうち、1名は医療者を登用しました。また、連携強化のため、さっそく医師会にも定款の変更を働きかけ、『医療に資すること』のみならず、『まちづくりに資すること』も加えてもらいました。もう一つの『エコノミック・ガーデニングの推進』は、地域経済を庭として、地元の中小企業を植物に見立てた造語です。地域という土壌を生かして地元の中小企業を大切に育てることにより、地域経済を活性化させる、言い換えれば『地元企業が成長する環境をつくる』ことが商工会議所たる使命です」
この2本の柱を実現させるために、商工会議所では、民主導による地域活性化事業に積極的に取り組んでいる。その最たるものが、民間総合病院である津山中央病院を核としたまちづくりである。
実は、津山市は江戸時代後期から幕末、明治初期にかけて、蘭学(洋学)を日本に紹介し、近代日本の礎を築いた医人たちを多数輩出した地である。宇田川玄随(げんずい)・玄真(げんしん)・榕菴(ようあん)の宇田川家をはじめ、進取の気質にあふれた医者・学者たちが育てられた。
陽子線治療ができる総合病院の存在
津山中央病院は今年4月、「がん陽子線治療センター」を総事業費70億円かけて開設。がん陽子線治療ができるのは中国・四国地方で初、またさまざまな治療に対応できる総合病院としては、西日本で初めての施設となる。がん治療には、手術による外科療法のほか、抗がん剤による薬物療法、放射線を使う放射療法があり、中でも最先端の治療法が「陽子線治療」である。陽子線治療の特徴は、ピンポイントで患部に照射するため、副作用が少ない。
「がん治療において、最先端医療である陽子線治療が可能な民間総合病院があるのは津山の強み。津山中央病院は岡山県北部の救命救急センターでもあります。一年中、365日24時間体制で3次救急まで対応し、ベッド数は535床。住民はこの総合病院があるので、安心して暮らすことができます。そして、企業誘致にも総合病院が存在することが大いにプラスに働いています。大事な社員とその家族が住むところには、もしものときの安心を担保するのが会社の責務ですから」(松田会頭)
津山中央病院の考えは、商工会議所の動きに連動する。同院の藤木茂篤病院長は同院が果たすべき役割についてこう語る。
「当院は陽子線治療センターを有する西日本唯一の総合病院。大学病院に準ずるDPCⅡ群病院としても、全国で3カ所しかありません。地域住民の安心安全を守っているという高度急性期病院としての誇りがあります。うちがつぶれたら、地域が成り立たない。最後の砦(とりで)なんです」
そして、藤木病院長には、「最先端医療が可能な病院の存在は、県内だけでなく、海外からも人を呼び込めるので、人口減少、高齢化が進展する地域での救世主になります。一大医療基地の誕生により、津山の知名度が向上します。全国的に有名なクリナップなどの企業立地にしても、工業団地ができたのも、またワールドカップの際に海外のサッカーチームの合宿地に選ばれたことがあるのも、これが安心材料になったからでしょう。まちのブランド力が高まることで、定住効果も期待できます」と、同院が地方創生に貢献しているとの自負がある。
定住、企業誘致から「滞在型医療ツーリズム」へ
商工会議所と同院は、安心安全を提供することで、定住促進や企業誘致に加え、医療と観光を融合させた「滞在型医療ツーリズム」を目指している。
藤木病院長は「陽子線治療は1回3分、週3日から5日の短時間治療、加療には2週間から8週間といった一定期間を要しますので、この場所での通院が想定されます。総合病院であるがゆえ、他の治療と並行することが可能で、多くの需要が見込まれます。年間で延べ約8500人が滞在することになる」と試算する。同院では、海外、中でも中国をはじめ、アジアから患者とその家族に来てもらおうと、準備を進める。中国の医師免許を有する人材や中国語を話せる職員を確保し、国際医療コーディネーターとも契約を締結している。
ステンレス加工などトップレベルの技術も
個別企業の分野を見ても、津山市は技術面でも抜きん出ている。その代表格がステンレス加工のクラスター「津山ステンレスネット」。ステンレス加工と最先端のロボット技術を持つ企業12社が連携し、共同提案・受注を行っている。同ネットに属するIKOMAロボテック株式会社は、産業用ロボット周辺装置・各種FAシステムの設計、製造などを手掛ける。同社の生駒徹志代表取締役社長は「新しいアイデアを形にするとき、失敗はつきもの。失敗を悪とせず、むしろ失敗の多い社員は挑戦しているからだと評価することで、失敗を恐れず、皆で共有できる雰囲気をつくっています」と、連携の重要性を説く。
また、ステンレスのまち・津山を象徴する企業の一つとして、オーエヌ工業株式会社が挙げられる。昭和39年にステンレス配管製品の生産に着手し、専門メーカーとしての実績を誇る。同社の中村政弘代表取締役社長は「当社の看板商品であるステンレス鋼管用継手『ナイスジョイント』には、建築基準法で定められた基準の2・5倍以上の耐震性があります。耐久性も80年以上」と自信をのぞかせる。「ナイスジョイント」が多くの建築物に採用され、全国に広く普及していることは、その優位性を表しているといえる。
さらに、つやま産業支援センターが推進する異業種連携もユニークだ。同センターの小坂幸彦統括マネージャーは、「地域企業が下請けから脱却し、付加価値とブランド力のある事業にするための支援に力を入れています」と語る。同センターは地域の高い技術を業種を越えて組み合わせ、革新的な製品を次々と誕生させており、そのイノベーション力が注目されている。
城跡のゾーニングと美作国との連携
商工会議所は、今後の展望として、まちのシンボル的存在である津山国際ホテルの再建と、城下地区のまちづくりの推進を描く。
津山城郭の中にある津山国際ホテルは昭和49年に開業したため、老朽化が進んでいる。平成25年10月、経営母体である岡山の百貨店系列のホテル運営会社が撤退を表明したことから、観光へのダメージや中心市街地の衰退、従業員の雇用問題などのさまざまな影響を考えて、地元経済界が「新津山国際ホテル株式会社」を設立。商工会議所の役員が主体となって出資、30年度の開業を目指し、建設事業をスタートさせた。新津山国際ホテルは地上8階建てで、総事業費約34億円を見込む。宿泊施設としてのみならず、コンベンションセンターとしての交流機能、マルシェやレストランといったにぎわい創出の役割も担っていく計画である。
あわせて、城下町としての風教向上のため、津山城跡を整備していく。具体的には、コンパクトシティとして、周辺を4つのゾーンに区割りする。中枢都市機能ゾーン、歴史・文化・観光ゾーン、商業機能集積ゾーン、都市居住ゾーンとし、新津山国際ホテルを中心に据える。
さらに、商工会議所は美作国(みまさかのくに・近隣3市5町2村)との連携も視野に入れる。
松田会頭は、「医療行為と観光を組み合わせた『長期滞在型医療ツーリズム』を確立させ、医療と観光のまちとして津山のブランド化を図りたい。そのためには、美作国としての連携は欠かせない」と、熱い思いを胸にする。商工会議所を中心にした、民間による総合病院を核とする地域活性化への取り組みはまだまだ続く。
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