1.はじめに
3年前、私は日本商工会議所会頭に就任した際、「日本再出発の礎を築く」をスローガンに掲げ、以降、日本経済の再生に欠かせない「中小企業の活力強化」と「地域の発展」に全力で取り組んでまいりました。今期もこの2点を活動の柱にしたいと考えます。
私の就任の年に、アベノミクスが本格的にスタートし、大胆な金融政策と機動的な財政政策により、わが国経済は、需給ギャップ縮小によるデフレからの脱却まであと一歩というところまで来ました。デフレ脱却を第一目標と掲げ、ここまで成果を上げたアベノミクスを高く評価しています。
日本が次に越えなければならない大きな山は、「成長する経済」への軌道変更です。これこそがアベノミクスの真の狙いです。
先月のIMF(国際通貨基金)の発表によりますと、日本の2017年の経済成長率見通しは0.6%であり、欧米その他の先進国と比較して、著しく力強さを欠いています。これは現在の日本経済の実力、すなわち、潜在成長率が0%台前半で低迷していることを反映したものです。成長の果実を全国津々浦々に波及させていくためにも「潜在成長率の底上げ」は急務であります。
わが国は、潜在成長率の底上げのための「サプライサイド政策」に腰を据えて取り組まなければ、成長軌道に乗ることはできません。
そのためには、成長戦略の実行、すなわち構造改革とイノベーションが必須であります。その主役はわれわれ民間であります。成果が出るまでには時間がかかることを覚悟し、継続的で粘り強い取り組みが必要であり、現在の安定した政権の下で、これを確実に実現していくべきであると考えます。
2.中小企業が経済成長の源泉
私は、日本経済を成長軌道に乗せるためには、中小企業の果たす役割が極めて大きいと考えています。従って、中小企業の成長こそ、日本経済を成長軌道に乗せるために欠かせない施策だと思います。
全国企業382万社の99・7%を占めるのが中小企業であり、わが国の雇用の約70%、給与支払いから発生する所得税や社会保険料拠出の約40%をそれぞれ担っています。中小企業は、わが国の雇用、財政、社会保障制度の屋台骨を支えているといえます。
確かに、大企業の日本経済に占める役割が極めて大きいことは事実ですが、ほとんどの大企業は、技術力やコスト競争力に優れた中小企業に支えられています。このことは、東日本大震災や熊本地震の際に発生したサプライチェーンの寸断からも明らかです。
それでは、中小企業の活力の源泉はどこにあるのでしょうか。私は、経営者の環境変化に対する対応能力であると考えます。中小企業は、経営と現場が近いため、環境変化に対し、経営判断を迅速かつ柔軟に行うことが可能です。この強みにさらに磨きをかけていくことが、わが国経済の成長への貢献につながると思います。
⑴多様な人材(女性・若者・高齢者など)の活躍推進
こうした中小企業が直面している最大の課題が、人手不足への対応です。日本商工会議所が本年6月に行った調査では、人手不足を訴える企業は55%に達し、経営に大きな影響を及ぼしています。 深刻化する人手不足に対して、労働力の量の拡大を図るためには、女性や高齢者など多様な人材の活躍を推進していくことが必要です。中小企業は、高齢者の積極的な雇用、女性の活躍推進、柔軟な働き方の導入など「働き方改革」をいち早く実践していますが、こうした取り組みを加速していかなければなりません。
働き方改革は、経営者の意識改革や長年の労使慣行の見直しなどを伴う非常に難しい問題であることから、官民共にある程度時間がかかっても、丁寧に粘り強く取り組むことが必要です。変えるべきものは変える「大胆さ」と、残すべきものは残すという「現実性」とのバランスが重要だという覚悟を持つことが大切です。
⑵生産性向上
そして、人手不足を解決するもう一つの方策は、「生産性向上」です。中小企業の生産性は、全体で見ると、大企業の2分の1にとどまっていますが、個別に見ると実は、大企業の生産性の水準を上回っている中小企業も多く存在しています。これら企業に共通するのは、経営者の成長への意識が高く、ITや設備投資などに積極的であるという点です。ここに生産性向上の鍵があると考えます。
生産性向上の有力な手段として、ICT(情報通信技術)の導入がありますが、中小企業の取り組みは、まだわずかにとどまっています。経営者自身の気付きを促し、ICTを超えて、デジタル技術やAIの導入、ロボットの活用などにより、工場の生産現場やサービス分野の生産性の向上を図っていくことが必要です。
⑶後継者への円滑な事業承継の促進
中小企業が直面するもう一つの課題は、「後継者の確保」であります。この5年間で約40万社の中小企業が姿を消していますが、倒産はわずかで、その大部分は廃業であり、その中には、わが国の将来に貢献できる素晴らしい企業もあったに違いありません。国内マーケットの縮小、人手不足、競争の激化などさまざまな理由が考えられますが、大きな原因が「後継者不足」です。60歳以上の中小企業経営者の50%以上が、自分の代で廃業する見通し、そして、約20%は後継者が未定という深刻な状況にあります。一方で、経営者が交代した企業は、事業拡大意欲が高く、経常利益率も高いというデータもあり、円滑な事業承継は中小企業の活力の鍵であります。商工会議所として、事業承継の支援を積極的に推進するとともに、事業承継の大きなハードルとなっている「事業承継税制の見直し」についても、提言を続けてまいります。
中小企業、特に小規模企業は、人材確保や取引価格の適正化が構造的に困難であり、こうした点については、政府などに積極的に政策提言を行い、支援していく必要があります。ただし、中小企業が直面する課題を克服するためには、何より、中小企業自身の自助努力が欠かせません。商工会議所は、そうした中小企業の取り組みを、これまで以上に積極的に後押ししていきます。
3.地方創生の実現による日本経済の再生
わが国の付加価値額の約半分は、三大都市圏以外の地方で生み出されており、「地方創生の実現」は、潜在成長率の引き上げと持続的な経済成長に不可欠であります。また、東日本大震災や熊本地震の本格復興、福島再生の早期実現なしに日本経済の再生はあり得ません。
⑴地域資源を最大限活用した地方創生の加速
私は、地方創生の実現に向けて、広域観光振興や農商工連携など、地域の資源や強みを最大限に活用した成長産業を育成し、域外の需要、消費、投資を取り込むことの重要性を繰り返し申しあげてまいりました。さらに、地域で産んだキャッシュは、地域で消費する循環を創出することが重要だと思います。
観光産業は、担い手の大半が中小企業であるとともに、自動車産業に次ぐ消費規模を持つ一大産業です。
現在、全ての商工会議所に観光担当者が設置され、ネットワークを生かした観光商品の開発が進んでいます。例えば、行政との緊密な連携の下、県境を越えたインバウンド総合計画を取りまとめた事例や、地方銀行の仲介を機に海峡を跨ぐ広域連携体制を構築し、両地域間の異業種による新商品開発を行い、それらを地域資源として誘客を図っている事例があります。いまだ見落としている地域の自然や伝統文化などを掘り起こして磨き上げ、ストーリーを付けて売り出し、地域を挙げておもてなしをする持続的な取り組みを、一層加速していくことが必要であると思います。
農林水産業も長い年月をかけて育てられた貴重な地域資源です。大規模化やコスト削減など、競争力強化に向けた農業改革が進み、また、2020年に輸出額1兆円を目指した政府目標が前倒しで達成される見込みとなるなど、海外を含めさらなる市場の拡大が期待できる成長産業であります。
例えば、農商工連携では、地元特産のかぼちゃを使った商品を次々に開発して、これまでに10万個を売り上げた事例や、休耕地を利用し栽培した綿花から新商品を開発し、病院や百貨店に販路を切り開いた事例があります。農林水産業団体との連携によって付加価値の高い商品を開発し、海外も視野に入れ、広く販路を広げていくことが重要であります。
さらに、地方の中小企業には、高い技術力と競争力を持ち、世界マーケットを狙えるものづくり企業が数多くあり、これも地域の重要な財産です。
例えば、自動車部品を製造する中核企業がけん引役となって地域の企業とともに航空機システムの製造分野に10年かけてチャレンジし、アメリカの大手航空機メーカーから受注を獲得した事例があります。地方創生クラスターともいうべき革新的な取り組みです。
地場産業、ものづくり企業の高い技術力に改めて目を向け、地域の力を融合したイノベーションを起こして新しい産業集積・ブランドをつくり、外需獲得に挑戦することが大切だと思います。
⑵ストック効果の高い社会資本の整備促進
こうした地方創生の取り組みを支え、加速するのが、物流・人流の円滑化を促す社会資本整備であります。とりわけ、地方創生にとって効果が大きい整備新幹線、高規格幹線道路、大型クルーズ船に対応した港湾の整備、コンセッションを活用した空港民営化などは、観光客の増加、設備投資の促進、雇用創出などに大きく寄与するものです。
例えば、整備新幹線の延伸により、沿線都市を訪れる観光客が3倍に増大したケースや、高規格幹線道路の開通で空港から観光地までのアクセスが向上し、外国人観光客が10倍に増加したケースがあります。港湾と高規格幹線道路がつながったことで内陸部と臨海部の物流網が強化され、工場立地件数が全国平均の2倍になった地域もあります。
こうした民間投資を喚起するストック効果を重視しつつ、商工会議所としても強く要望していく必要があると考えております。
⑶2020年東京オリンピック・パラリンピックの成功を目指して
来る2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会は、わが国の観光、文化、特産品、技術など、各地域の魅力とともに、東日本大震災などから復興した日本の姿を、全世界にアピールする絶好の機会となります。 大会の前後を通して、資金、人材、情報を世界から東京に呼び込み、広域観光などの推進によって全国に波及させ、日本経済全体の底上げにつなげていくことが重要です。各地におきましても、2020年東京大会、そして2020年以降に向けて、ホストタウン登録や事前キャンプ地の誘致、中小企業世界発信プロジェクトへの参画、文化プログラムの実行などにより、国際交流、ビジネスチャンスの拡大、観光振興などに積極的に取り組んでいただきたいと思います。
4.日本商工会議所の活動指針
私は会頭就任後、各ブロックの懇談会や観光振興大会、青年部や女性会の大会などの機会に全国各地を訪問し、創意工夫で課題解決を図り、力強く成長する中小企業の経営者の方々や、地域活性化に真正面から取り組まれている企業と幾度となく接することができました。
いずれの場面でも、地域の期待に応えるべく、商工会議所が積極果敢にリーダーシップを発揮しており、改めてわれわれの果たす役割の重要性を実感しています。
⑴「現場主義」と「双方向主義」の実践による政策提言・実現力の強化
今期につきましても、各地商工会議所との緊密な連携の下、会員企業と丹念に対話を重ねる「現場主義」と、商工会議所の考え方を一つにまとめる「双方向主義」を同時に実践してまいります。現場にこそ、生きた課題と知恵があるのです。
また、中小企業の生産性向上に向けたIoT利活用、輸出や投資の促進、女性や高齢者など多様な人材の活躍、農林水産資源の磨き上げ、インバウンド観光などの課題に対応した専門委員会などを新たに設置し、中小企業や地域の成長への挑戦を強力に後押ししてまいります。ぜひとも委員会活動に積極的にご参画いただきたいと思います。
⑵「ネットワーク」の最大活用と、「商工会議所活動の見える化」
商工会議所の最大の強みは「ネットワーク」です。日本商工会議所では、今後もネットワーク力を最大限生かし、各地商工会議所の活動全般を後押しし、取り組みの効果を高めて地方創生活動に生かしてまいりたいと思います。こうした商工会議所の活動を、事業者や国民に至るまで、より多くの方に知っていただくことが重要です。日本商工会議所では、「商工会議所活動の見える化」に向けて、ITなどを通じた情報発信機能を強化してまいります。各地商工会議所では、会報の全戸配布などの理解促進に向けた活動をさらに展開していただきたいと思います。
また、日本商工会議所では、人口10時万人未満の小都市商工会議所を中心に、各商工会議所と連携した会員増強・退会慰留などの組織基盤強化や、商工会議所の役職員の人材育成などにも取り組んでまいります。
5.結びに
日本商工会議所のミッションは、「会員企業の繁栄」「地域の再生」「日本経済の発展」の3点であり、しかもこの3点は同一方向を向いていることが極めて重要です。商工会議所の創始者である渋沢栄一翁の「民間の力こそが持続的な成長の原動力」であるとの精神に立ち返り、われわれ民間、企業経営者が将来に自信を持ち、デフレマインドを払しょくし、新しい時代にふさわしい活動を積極的に展開してまいりましょう。
日本商工会議所は、「成長する経済」を実現し、新たな未来を築くため、515商工会議所および青年部、女性会、海外の商工会議所、関係団体などとのネットワークを最大限活用し、企業、地域、そして、日本経済の持続的な成長の実現に向け、全力を尽くしてまいる所存です。(11月17日)
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