人口流出や郊外型の大型ショッピング施設などに押されて、苦境に追い込まれている地方の商店街も多い。しかし、そのまちの特色や地域の名産を生かし、見事に復活した商店街もある。国内外からの観光客を迎える細やかな対策はもちろん、地元客も毎日立ち寄りたくなる商店街の“ひと工夫”とは?
事例1 半世紀以上続く商店街の“味”を生かし日本文化を広める体験型観光でもてなす
釧路駅西商店街振興組合(北海道釧路市)
炭鉱と水産業で栄えた北海道釧路市。かつて、道東随一の繁華街と呼ばれたJR釧路駅周辺が、今また活気づいている。観光客は年々増加傾向で、2018年度の観光入込客数は約530万人、インバウンド(訪日外国人旅行者)の宿泊客延べ数は約16万人と、ともに過去最高記録を達成した。観光客がこぞって訪れるという釧路駅西商店街に足を運んだ。
釧路名物「勝手丼」や和食を求めて来場者増加
2016年、観光庁は「観光立国ショーケース」3都市の一つに釧路市を選定した。インバウンドを地方へ誘致するモデルケース都市という位置付けで、観光資源のブラッシュアップを掲げている。時期を同じくしてインバウンドが増え始めたと語るのは、釧路駅西商店街振興組合の理事長、柿田英樹さんだ。
「以前から台湾からの観光客は多かったのですが、SNS効果なのか中国人観光客を中心に、韓国、香港、東南アジア、欧米といろんな国の方をよく目にするようになりました。団体ツアーから個人旅行まで、スタイルはいろいろです」
同商店街は、JR釧路駅から徒歩5分の好立地で、組合は駅の西側エリアの活性化と再開発に向けて1994年に創立した。ホテルや商業複合施設、ドラッグストアなどから形成されており、中心母体となっているのが、市内で最も長い歴史をもつ「和商市場」だ。市場を運営する釧路和商協同組合が誕生したのが1954年。柿田さんは、昨年2月より十一代目理事長を務めている。和商市場は「わっしょい、わっしょい」という活気ある掛け声と「和して商う」をモットーにした名称で、設立当初から〝市民の台所〟として地域に親しまれてきた。今では北海道三大市場の一つに数えられるが、そこへインバウンドは何を求めてやってくるのか。
主な目的は〝飲食〟だ。新鮮な海産物がずらりと並び、なかでも釧路名物として人気の「勝手丼」は、SNSを通して海外でも一気に知名度を上げた。これはご飯をよそった碗に、市場内の各店舗から具材を購入し、自分好みの海鮮丼にカスタマイズしていくというもの。
「勝手丼以外にも、生きたカニをその場で茹でて食べられるのも人気です。自分で選ぶ楽しさと自作という気持ちが相まってか、海外のお客さんからの食に関するクレームはまずないですね」と笑う。
観光客にとってストレスフリーな環境にする
言葉の壁もどこ吹く風だ。和商市場の公式ホームページは多言語化されており、市場入り口にはデジタルサイネージ(映像表示システム)が設置され、約50店舗あるうちの半数強がキャッシュレスに対応している。さらに店舗ごとに、多言語の張り紙やカードを作成したり、翻訳アプリを駆使したりと工夫を怠らない。
「インバウンド対策は組合として一昨年に説明会を開きました。その際に配布した釧路商工会議所が作成した指差しシート(海外の方に各言語の文章を指し対応するツール)も好評です。うちの市場の特徴なのか、インバウンドが増え始めた当初から、言葉が通じなくても臆せず接客する店が多く、特に男性より女性店員が顕著です。店主らは一国一城の主であり、プロの商売人。店舗ごとに温度差も違うので、店舗の裁量に任せている部分が大きいです」と柿田さん。さらに勝手丼についても「組合で名物を考案したわけではなく、バイクで北海道を旅しているライダーたちの懐事情を察して、市場の店主らが刺し身の切り身を分けてあげて自然発生的に生まれました。作為的なはやり物はいずれ廃れますから、流行ではなく、人が集まる場所としての魅力を打ち出し、インバウンドがストレスなく過ごせることが鍵だと考えています」と語る。もともと和商市場はリヤカーに300㎏もの魚箱を積んだ行商人らが、資金を持ち寄ってバラック店舗を建設したところから始まる。その不屈の精神は、時代が移り変わってもなお健在である。
クルーズ客船の乗客を循環シャトルバスで誘導
観光客やインバウンドにとってストレスフリーな環境にしていくには、Wi-Fiやキャッシュレス化、洋式トイレの整備などが必要であり、和商市場もまだ万全の体制ではない。また、インバウンドの釧路観光の主なニーズは、釧路湿原や阿寒などの国立公園を有する自然景観、それを体験できる多様なアクティビティー、そして伝統的な街並み・異文化体験などだ。和商市場の勝手丼は、アイヌ文化や釧路発祥の炉端焼きと並ぶ観光コンテンツとして注目されているとはいえ、とかく団体旅行客は阿寒湖温泉地区に流れがちだ。阿寒湖に夕方に到着して翌朝には別の観光地へと出発する。釧路市街地の滞在時間が短いという、まち全体の課題がある。
そこで、近年力を入れているのが、クルーズ客船の乗客乗員のまちなかへの誘導だ。2013年は、釧路港への入港は年間7隻だったが、20年には約15隻にも増える。そこに活路を見出し、18年から北海道の補助金を活用して、船の寄港日には釧路港から和商市場間の循環シャトルバスの運行を始めている。港では市をあげてのおもてなしイベントを開催し、和商市場も地元の市民団体「くしろ元町青年団」と協力して、英語表記の市場のパンフレットを制作したり、出張販売や手土産を配布するなどして市場PRに積極的だ。
「港から市場までは歩いても15分ほどの距離なので、バスに乗らずに歩いて来るインバウンドも多く、まちなかで外国人を見かけることも増えました。和商市場だけではなく、商店街、まち全体でインバウンドをもてなす連携体制ができつつあります」と柿田さん。実際、釧路駅周辺五つの商店街からなる「くしろ街なか商店街」で昨年1月に「まちなかキャンドルロード」というLEDキャンドルで街路を照らすイベントを開催するなど、まちを盛り上げる気運が生まれつつある。
地元客、インバウンド、ネット販売の3軸でいく
和商市場に話を戻せば、循環シャトルバスという新ルートだけではなく、市場そのものに趣向を凝らしているのも印象的だ。寄港時には市場は、日本の祭りが体験できる〝縁日〟と化し、射的やヨーヨー釣り、着物の試着など、日本文化を体験できる会場となる。
「インバウンド推しになり過ぎて、従来の地元のお客さまが来にくくならないように気を付けています。人口減少、高齢化、大型スーパーの進出で地元客は減る一方ですが、市民の台所として今後も歩んでいくスタンスで、今年5月の最終金、土曜に開催した駅西商店街合同セールでは、多くの地元客に喜んでいただくことができました」と柿田さんは語る。
地元客だけではなく組合員も70歳前後が主力で、空き店舗解消も課題の一つであり、海鮮に限らず新たな飲食店の参入へ期待を寄せる。市場の老朽化も顕著で、1978年に地下1階、地上2階建になってから、99年に店舗の区画調整のリニューアルをしたのみで、今まさにリニューアル問題が浮上中だ。そして、それに追い討ちをかけるように新型コロナウイルスが大打撃を与えた。
「休業要請対象店舗となった飲食店の影響は相当です。しかし、地元客、インバウンドとは別に三つ目の軸としてネットショップを展開しており、これが今年4、5月の2カ月で前年の総売り上げを上回りました。今後も集客できない時の販売方法の強化、成功事例の積極的な吸収などの工夫が必須と考えています」と覚悟をにじませた。
会社データ
団体名:釧路駅西商店街振興組合(くしろえきにししょうてんがいしんこうくみあい)
所在地:北海道釧路市黒金町13-25
電話:0154-22-3226
HP:和商市場
代表者:柿田英樹
組合員:50人
※月刊石垣2020年7月号に掲載された記事です。
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