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真壁昭夫の経済底流を読み解く トランプ米大統領の通商政策の逆効果

米国のハーレー・ダビッドソン(ハーレー)が、欧州向けオートバイの生産を米国外に移転すると表明した。その目的は、EUがトランプ米大統領の強硬な貿易政策に対応してとった報復関税措置を回避することだ。元々、トランプ氏の保護貿易主義政策の意図は、米国内での生産を増やすことだった。それに反して、米国の有力企業が貿易摩擦のコスト引き下げのため、工場を海外に移すとは何とも皮肉だ。米国が強硬姿勢を取るほど、相手国からも厳しい対抗措置が返ってくる。その結果、人気取りのために制裁関税などを重視する通商政策が、米国企業の経営を圧迫し始めた。

これまでトランプ氏は、中国やEU、カナダ、メキシコなどからの輸入に追加関税を適用すると明言してきた。こうした政策が米国の貿易赤字の削減、生産拠点の回帰、雇用創出につながるとしている。一方、米国の追加関税適用を受けて、中国やEUなどは報復措置を発動することになる。そうした相互の関税引き上げの影響を回避して米国外でのビジネスを維持するには、企業は関税引き上げの影響を受けずにサプライチェーンを確保することが必要になる。その目的のために、米国の有力オートバイメーカー・ハーレーが工場を海外に移す判断を行うことは当然だ。今後、トランプ政権が仕掛ける貿易戦争の影響は、ハーレー以外の米国企業にも広がるだろう。これから、中国から輸入する半導体や自動車の部品にも関税がかけられる可能性がある。そうなると、米国企業は販売価格を引き上げて関税のインパクトを吸収するか、生産拠点を人件費の高い米国内に戻さなければならなくなるだろう。いずれも米国企業の業績には大きなマイナスだ。

足元の貿易摩擦を考える際、今年11月の米国の中間選挙の要素と、米・中の覇権争いの二つに分けると分かりやすい。中間選挙後は、現政権の人気取り政策の必要性は低下し、摩擦がある程度解消に向かう可能性はある。一方、中間選挙後も米・中の覇権争いは続く。中国は2025年までに、先端のIT技術を駆使した“製造強国”の地位確立を狙っている。それに対して米国は、中国の覇権強化の野望を食い止め、世界の政治、経済、安全保障面で力を維持したい。その考えが、IT先端分野を中心とする対中制裁につながった。トランプ氏は中国のIT国策会社・ZTE(中興通訊)への制裁緩和を決めたものの、米国議会の超党派議員は制裁復活を求めている。ITを手始めにより広範な分野で、米国は中国の台頭を抑え込もうとするだろう。

米・中の覇権争いが続く中で、EU通商政策を取り仕切る欧州委員会は中国との関係を強化しようとしている。EUからの報復措置に対抗して米国が自動車への関税適用を真剣に検討し始めれば、主要先進国と米国の関係は一段と不安定化するだろう。米国もEUもそうした展開は避けたいはずだが、“ボタンの掛け違い”というべき状況が起きる可能性は軽視できなくなっている。また、予想外の行動で通商政策を進めるトランプ氏は、世界の金融市場に無視できない影響を与え始めている。世界経済にとって、トランプ氏は最大のリスク要因といえるかもしれない。

ロンドンやニューヨークのファンド・マネージャーと話をすると、彼らの不安心理の強さがよく分かる。多くが株式の保有を減らし、現金(キャッシュ)のポジション(持ち高)を増やしている。リスクを避けたい心理からだ。トランプ氏の政策方針によっては、先行き懸念が一段と高まり、世界的に金融市場が動揺する展開も考えられる。今後、貿易摩擦が厳しさを増すと、世界的な企業業績や雇用環境の悪化、家計の消費下振れなどの懸念が高まる。それは世界経済全体の下振れ要因だ。新興国通貨への売り圧力も強まっている。今のところ、世界経済全体はそれなりの安定感を保っている。今すぐに景気が大きく減速するとは考えづらい。しかし、貿易摩擦への懸念からリスクを避けたい心理は強くなっている。その原因の一つが、トランプ氏の政策にあることは忘れるべきではない。

まかべ・あきお 1953年神奈川県生まれ。76年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年7月ロンドン大学経営学部大学院卒業。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向などの後、市場営業部、資金証券部を経て、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長。現在、法政大学大学院教授。日商総合政策委員会委員。『はじめての金融工学』(講談社現代新書)など著書多数。

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