元来、日本人は休息や余暇を上手に取ることが苦手だといわれてきた。それは、勤労は美徳とされてきたことと関係があるだろう。しかし、最近、睡眠をはじめとした「休息」こそが健康面はもとより、経済的にも非常に大きな影響があることが分かってきた。今号はどうすれば限られた時間の中でうまく休息をとることができるのかという点に注目した。
「睡眠」は心身の状態を整える最高の手段
日々の仕事で高いパフォーマンスを発揮したい。もちろんそのために必要な能力やスキルを身に付けるのは大切だが、その前にきちんと休養をとり、心身の状態を整えておくことが不可欠だ。とはいえ、現代人は、依然として労働時間が長く、さまざまなストレスにさらされ、疲労がたまりがちだ。それをケアするにはどうすればいいのか、日本大学医学部精神医学系主任教授で睡眠学を専門とする内山真先生に話を聞いた。
5人に1人が問題を抱えている
休養をとるといえば〝休日に家でゴロゴロ〟というのが相場ですが、実は効果的な方法ではありません。それで月曜日の朝、心身ともにエネルギーがみなぎって「さあ、今週もがんばるぞ」という気持ちになっていますか? おそらくそういう人は多くないでしょう。そもそも休養とは〝休〟が睡眠、〝養〟は余暇活動と位置付けられており、特に毎日の睡眠がその大半を担っているといっても過言ではないのです。 ところが現在、成人の5人に1人が睡眠に問題を抱えているといわれています。その背景には、社会の夜型化や将来への不安、日ごろのストレスなどがあり、床に入っている時間が短く眠りが量的に足りない「睡眠不足」、寝つきが悪かったり、夜中や早朝に目が覚めるなど眠りの質が悪い「睡眠障害」などを訴える人が増えているのです。 睡眠不足や睡眠障害は、さまざまな弊害をもたらすことが分かっています。例えば、健康面では、食欲が増進して肥満を招きやすく、高血圧、糖尿病、高脂血症など生活習慣病のリスクが上昇します。精神面でも、睡眠障害の人は抑うつ状態になりやすく、うつ病になるリスクが高まります。 また、睡眠不足は仕事のパフォーマンスにも大きな影響を及ぼします。睡眠時間が5時間を割ると、集中力が低下してミスが増え、徹夜ではビール大瓶1本を飲んだときと同程度まで下がることが明らかにされています。以前に私たちが行った試算では、睡眠不足による作業効率の低下などで発生する経済損失は、労働者一人当たりの年間生産損失額から割り出すと、年間3兆5千億円という数字になりました。睡眠は、個人の健康から社会全体の問題にいたるまで、大きく関わっているのです。
間違った認識が睡眠障害を招く
しかしながら、睡眠に関して誤った認識を持つ人が少なくありません。例えば、一般に「8時間睡眠」を理想とする考えが定着していますが、これは10代までの話。日本人の成人の平均睡眠時間は6~7時間で、欧米と比べて短いと指摘されていますが、実は最も生活習慣病になりにくい長さなのです。それを8時間に満たないからと早く床に就いたり、朝寝坊を繰り返せば、かえって睡眠障害を招いてしまいます。 また、昔から、眠れない人には「横になって目をつぶっていれば体が休まり、そのうち眠くなる」と言ったものですが、実はこれも間違いです。横になっても眠れなければフラストレーションがたまるし、暗い部屋でじっとしていると不安になって警戒心が生まれ、ますます目がさえてしまう恐れがあります。 早寝早起きの人を「朝型」、宵っ張りの人を「夜型」と呼び、朝起きられないのは性格ややる気の問題と捉えがちですが、実は生まれつきの体質によるもの。人間には心身の機能を昼夜にうまく合わせるための体内時計がありますが、この周期は時計遺伝子によって24〜24・5時間にプログラムされています。それよりも周期の短い人は朝型、長い人が夜型になるのです。ですから朝型をよしとして、会社の始業時間を安易に早めると、対応できない人も出てくるわけです。 近年、睡眠に関する研究が進み、新たな事実が明らかになってきました。これまでの常識をうのみにして実践していると、睡眠の質を悪くする場合もあります。
「眠ること」に神経質になる必要はない
よい睡眠をとるには、まず自分の睡眠パターンを知ることが先決です。睡眠は常に一定ではなく、年齢や季節によって変動します。一般的に睡眠時間は年齢とともに短くなっていきますが、男性は早朝覚醒しやすくなり、女性は寝付きが悪くなる傾向があります。また、日が長くなると、睡眠時間が短く眠りは深めに、日が短くなると、睡眠時間は長く、眠りは浅めになります。 さらに、日中の運動量やストレスなどにも左右されるので、そうしたことを踏まえながら自分に合った眠り方を見いだしていくことが重要です。 睡眠の良し悪しは「目覚めたときに不快でない」ことが一つのバロメーターです。毎朝気持ちよく目が覚めて、よく眠れた、と感じられることが理想には違いありませんが、そんな人には会ったことがありません(笑)。「もうちょっと寝ていたい」というところで起きるくらいがちょうどいい。そのときは寝足りないと思っても、日中は仕事に集中でき、気力も充実しているようなら、必要な睡眠はとれていると考えてよいでしょう。 睡眠自体は足りていても、午後になると眠くなることがよくあります。これは昼食をとったからではなく、生体の仕組みによるもの。人間は起床から7時間後くらいに眠気が起こりやすくなるのです。そんなときは無理せず、10~20分程度の昼寝タイムを設けるといいでしょう。頭がすっきりし、仕事の能率もアップするはずです。 もし、日中に強い眠気を催す場合は、睡眠時無呼吸症候群が疑われます。特に男性に多く、激しいいびきや呼吸停止を指摘されたことのある人は対処が必要です。 また、眠気とともに、気分がすぐれない、やる気が起きない、物事への関心がなくなる、などの状態が続く場合は、うつ病の可能性も考えられます。早めに専門家に相談することをおすすめします。 気になる症状がなければ、「眠ること」にあまり神経質にならないことが大切です。よい睡眠をとることは目的ではなく、「健康で幸せな人生を送るための手段」と思ってください。眠るために「こうしなければならない」「アレもコレもしてはダメ」と決めつけず、好きなことをしながら夜を過ごし、「眠くなってから床に就いて、決まった時間に起きる」ことが、健康面からみて最も良い睡眠法です。
休息力UP よい睡眠のための時間別アドバイス
監修/内山真
誰でもちょっとした知恵と工夫で、睡眠の質を上げることができる。睡眠に満足していない人はもちろん、よりよい眠りを得たい人も、できるところから実践して、心身の健康と活力ある毎日を過ごそう。
point1 眠くなってから床に就こう 眠くないのに「もう○時だから寝よう」と布団に入ると、かえって寝つきを悪くし、眠りを浅くする原因に。眠くなってから床に就くようにしよう。
point2 いびきや呼吸停止には要注意 睡眠中の激しいいびきや呼吸停止は、睡眠時無呼吸症候群の疑いあり。また、手足のぴくつきやムズムズ感など、いつもの睡眠と違うと感じたら一度専門医の受診を。
point3 決まった時間に起床 床に就くのは「眠くなったら」でかまわないが、朝は決まった時間に起きるのが睡眠パターンをつくるポイント。「もうちょっと寝ていたい」と感じるくらいに起きるのがちょうどいい。
point4 目が覚めたらカーテンを開けよう 朝起きたら陽の光を浴びよう。体内時計がリセットされて、そこから14~16時間後にメラトニンという眠気をもたらすホルモンの分泌が始まり、スムーズに入眠できる。
point5 朝食を食べよう 食べ物が体内に入ると心身が心地よく目覚め、活動モードのスイッチを入れてくれる。朝食抜きは活動エネルギー不足を招くだけでなく、睡眠パターンを乱す原因に。
point6 朝寝坊や二度寝はやめよう 休日に朝寝坊や二度寝をするのは考えもの。日ごろの睡眠不足の解消にはなるが、長時間睡眠は眠りを浅くし、体内時計を狂わせて睡眠パターンを乱す原因になる。
point7 午後に眠くなったら短時間の昼寝を 午後に眠くなるのは、人間の体が起床から約7時間後に眠気をもたらすようになっているため。仕事に支障が出そうなときは、10~20分程度の昼寝タイムをとろう。
point8 適度に体を動かそう 適度に体を疲れさせておくと、眠気を催しやすくなる。週1回の運動もよいが、日々の生活の中でこまめに体を動かす方が、睡眠にはより効果的だ。
point9 ぬるめの湯に浸かろう 手足が冷たいと寝つきが悪くなるのは、そこから熱が放出されず、深部体温が下がりにくいため。寝る前にぬるめのお湯に浸かって血行を促し、手足を温めよう。
point10 寝酒は逆効果 寝酒は眠気を招いてくれるが、眠りが浅くなって夜中に目が覚めたり、寝起きがスッキリしないなど睡眠の質を落とす。晩酌で適量を飲むくらいがおすすめ。
point11 リラックスできる環境づくりを 寝室や布団の温度を快適に保ち、不安を感じない程度の暗さにして、気になる音はできるだけ遮ろう。好きな音楽をかける、心地よい香りのするものを置くなど、リラックスできる環境をつくろう。
point12 ネガティブなことは明日考えよう 布団に入ったら楽しいことを考えるクセを。仕事や悩みごとを思い浮かべると悪い方に考えやすく、寝つきを妨げる原因に。ネガティブなことは「明日考えよう」と決めること。
睡眠12カ条
1 よい睡眠で、体も心も健康に
2 適度な運動、しっかり朝食、眠りと目覚めのメリハリを
3 よい睡眠は、生活習慣病予防につながります
4 睡眠による休養感は、心の健康に重要です
5 年齢や季節に応じて、昼間の眠気で困らない程度の睡眠を
6 よい睡眠のためには、環境づくりも重要です
7 若年世代は夜更かし避けて、体内時計のリズムを保つ
8 勤労世代の疲労回復・能率アップに毎日十分な睡眠
9 熟年世代は朝晩メリハリ、昼間に適度な運動でよい睡眠
10 眠くなってから寝床に入り、起きる時刻は遅らせない
11 いつもと違う睡眠には、要注意
12 眠れない、その苦しみをかかえずに、専門家に相談を 「健康づくりのための睡眠指針2014」 (厚生労働省健康局)
メンタルヘルスケアで職場の活力をアップ
大阪商工会議所
セルフケアに加えてラインケアも不可欠
十分な休養がとれていないと、心にも大きな影響を及ぼす。年々、心の病を抱える人が増えており、産業界のみならず社会全体の深刻な問題になりつつあるのだ。 メンタルヘルス対策は本来、一人ひとりが自己の体調や心の状態を管理する「セルフケア」がベースとなる。しかし、それだけでは十分とはいえない。経営者をはじめ、人事労務管理者や各部署の管理監督者などが職場環境や作業方法などを改善し、従業員や部下の状況を見守り、ときには相談にも対応するなどの「ラインケア」も不可欠だ。 仕事に起因するメンタルヘルス不調者や休職者の増加は、企業に生産性の低下や労働力の損失をもたらす。それだけでなく、労災認定や民事訴訟に発展するケースもあるなど、大きなリスクとなる。そうした状況を予防・改善し、活力ある職場づくりの実現を目指して、平成18年から大阪商工会議所が実施しているのが「メンタルヘルス・マネジメント検定試験」だ。I種(マスターコース)、Ⅱ種(ラインケアコース)、Ⅲ種(セルフケアコース)に分かれ、職場内の役割に応じてその知識や対処方法を習得する。
心の健康管理には正しい対処が必要
「スタートから丸8年たち、受験申込者数は累計20万人を超えました。職場のメンタルヘルスに関する知識や対処法を幅広く学ぶ機会として活用する企業が増えています」と同所人材開発部課長で検定担当の森松直樹さんは説明する。 同所では、無料相談窓口で社会保険労務士などが企業からのさまざまな相談に対応しているが、近年ではメンタルヘルスに関する相談が増えているという。内容は、従業員が精神疾患になった際の業務起因性の有無(私傷病か否か)、社内でのパワハラ・いじめなどへの対処、休職者の職場復帰支援など多岐にわたり、対応に苦慮している事例がほとんどだという。 こうしたケースでは、職場のメンタルヘルスケアに関する知識や対処法を心得ているか否かで状況は大いに変わってくる。実際、試験に合格した経営者や人事労務管理者などから「従業員のメンタルヘルスケアに対する意識が高まった」「職場に声掛けの習慣が生まれた」「メンタル不調者への対応が分かるようになった」などの声が数多く届いているという。 今や、体と心の両面からの健康管理が必要な時代。会社全体でメンタルヘルスケアに目を向け、計画的に取り組んでいく好機といえるのではないだろうか。
最新号を紙面で読める!