まちの解体新書 ウイスキーづくりの理想の地 自然の恵みが生み出す豊かな食

5月になると余市川の堤防に満開の桜景色が広がる

マッサン効果で注目度が急上昇

9月29日から放送されているNHK朝の連続ドラマ小説「マッサン」。その舞台となる余市が今、注目を集めている。

日本海に面し、JR札幌駅から電車で約1時間のところにある余市。駅を降りると、正面に「ニッカウヰスキー余市蒸溜所」の石づくりの正門と赤い屋根が目に入る。このニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝氏とその妻リタが、今回のドラマの主人公のモデルだ。竹鶴氏は単身で渡英し、スコットランドでウイスキーづくりを学んだ。ドラマでは、日本でウイスキーをつくりたいと大きな夢を抱く主人公のマッサンが、スコットランドで出会った妻・エリーと力を合わせて奮闘する〝夫婦愛〟と〝冒険の旅〟が描かれていく。

「ドラマの初回に『北海道余市』の文字が出たときは『あ、このまちだ』とうれしくなりました」と笑顔で語るのは、余市商工会議所の三浦文夫会頭だ。三浦会頭をはじめ、まちの人はみな今回の放送を心待ちにしていた。

「ドラマが始まる前から多くの観光客が訪れています。余市駅の平日利用者は昨年に比べて150~170%だと聞きました。また、町内にある道の駅に行けば、全国各地のナンバーの車が停まっていて、道外からの観光客が多いようですね」

ドラマを機に、あらためて竹鶴夫妻のことを意識するようになったと言う三浦会頭。「私たちにとって『ニッカ』は当たり前の存在になっていましたが、ドラマで取り上げられることになって、竹鶴さんの偉大さをあらためて知ることができましたね」。

竹鶴氏は余市商工会議所の初代会頭でもある。ニッカウヰスキーの発展とともに、地域の発展にも大きく貢献した。会議所の応接間には竹鶴氏の凛とした写真が歴代会頭の写真とともに飾られている。「お客さまがいらしたときはまず、竹鶴初代会頭のことをお話しています」(三浦会頭)

ドラマの放送が決まり、昨年12月、余市商工会議所と町の商工観光課、観光協会とともに、「マッサン応援推進協議会」が設立された。会長を三浦会頭が務めている。「先日は『町民講座』を開催しました。地元にいるとあらためてニッカを訪れたり、竹鶴さんの足跡をたどってみたりする機会がないので、皆で知識を深めようというものです。開催した3回とも大盛況で、皆の期待が伝わってきましたね」と三浦会頭は振り返る。

余市商工会議所会頭 三浦 文夫氏

地域と生きるニッカ余市蒸留所

マッサンこと竹鶴政孝氏は、昭和9年に「大日本果汁」という名で会社を設立し、余市でウイスキーづくりを始めた。竹原市(広島県)の生まれである竹鶴氏が余市を選んだのは、余市の風土がスコットランドに似ており、冷涼な気候で、澄んだ水に恵まれていることなど、ウイスキーづくりに適した環境が整っていたからだという。

ニッカウヰスキーは今年で創業80年を迎える。竹鶴氏がスコットランドで学んだ蒸溜技術が受け継がれ、石炭直火蒸溜という製法が今も続いているのは、世界で唯一、ここだけだといわれている。石炭ならではの香ばしさ、力強さが味わえるウイスキーづくりへのこだわりだ。

建物も北海道遺産に登録されるなど、竹鶴氏の功績に触れられる余市蒸溜所はまちにとってランドマークのような存在。「ニッカウヰスキーの工場は全国に7カ所ありますが、創業の地である余市工場が最も地域との結び付きが強いのではないでしょうか」と語るのは、ニッカウヰスキー北海道工場総務部長の古屋野義一さんだ。「『ニッカ』という名前が誕生したのは、昭和15年に初めて『ニッカウヰスキー』が発売されたのがきっかけです。そのときの会社名は大日本果汁で、『ニッカ』はそこからとったものです。その後、昭和27年に本社が東京の日本橋に移った際、会社名が変わりました」。

ニッカは余市の人たちとともに歴史を歩み、地域の一部になっている。竹鶴夫妻も「竹鶴さん」「リタさん」と親しまれ、今でも身近な存在だ。余市駅から町役場まで続く約1・5㎞の道(国道229号)は、リタさんにちなんで「リタロード」と名付けられている。ウイスキーづくりに励む夫を支えた献身的な妻としてリタさんもまちの人に愛された。

そんな中、今最もホットなのが余市蒸溜所だ。「今年1月から9月までの来場者数は、前年同期比で140%以上を記録しました。今年は、昨年の来場者数28万2000人を大幅に上回る40万人に達する見込みです」と話す古屋野さんも、マッサン効果を感じずにはいられない。放送が決定したときは、うれしさよりも驚きが大きかったという。「半年も続く規模の大きなドラマですからね。ビックリしました。一方で竹鶴夫妻の記録や余市のことを多くの人に知ってもらえるうれしさも噛みしめました」と笑顔の古屋野さん。「『余市にはニッカがある』ということを、余市の人には誇りとしてもらえる存在でありたいですね」。

「この製法は、世界でもここだけです」と語る工場の古屋野部長

ウイスキーづくりを支えた国内初の「リンゴ」

古屋野さんをはじめ、従業員がみな竹鶴政孝という創業者の思いを胸に抱きながら、品質にこだわったウイスキーづくりに力を注いでいる。そんな竹鶴氏のウイスキーづくりを支えたのは、「リンゴ」だった。ウイスキーが完成するまで、竹鶴氏は果汁100%のリンゴジュースをつくっていたのである。

明治初期、アメリカからリンゴの苗木が持ち込まれると、北海道開拓使の長官・黒田清隆は農業を普及させようと道内各地に苗木を配布。余市もその一つだった。町内の山田地区に居住していた旧会津藩士たちが熱心に栽培に取り組んだ結果、国内初のリンゴの結実に成功したのだという。

輸入された当時「品番19号」と呼ばれていたそのリンゴは幕末、会津藩主松平容保氏が京都守護職時代に孝明天皇から与えられた「緋の御衣」にちなみ、「緋の衣」と命名された。昭和に入ると天皇への献上品にもなり、竹鶴氏のウイスキーづくりにも大きく貢献したのだった。

「余市は小樽に近いので、列車で全国へ、港からはロシアに輸出され、『リンゴ成金』も誕生するほど広がりを見せました」と語るのは、吉田観光農園を経営する吉田浩一さん。吉田観光農園に残る緋の衣の原木は今も実を結び、札幌市のデパートで限定発売されている。

「気候や風土が果樹栽培に適していたことで、リンゴの栽培に成功したのでしょう。農業を盛んにしようと取り組んだ旧会津藩士たちによって育てられた『緋の衣』は、平成に入り、会津の地でも栽培されるようになりました」(吉田さん)

会津若松などで結成された「会津平成りんご研究会」が、藩士ゆかりのリンゴを会津でもつくろうと、緋の衣の枝を持ち帰り、継ぎ木しながら約50本の木を育てることに成功した。今ではたくさんの実をつけているという。

9月4日には、会津松平家第14代当主である松平保久氏が、会津若松商工会議所の宮森泰弘会頭らとともに訪れた。「リンゴなしにはニッカの成長も、こうした地域を越えた交流もなかったでしょう。今後はリンゴの加工品開発に力を入れながら余市のリンゴを発展させていきたいですね」と吉田さんは語る。

「余市神社」(よい)→「幸田露伴の碑」(幸)→「福原漁場」(福)→「運上家とモイレ神社」(運)→「三吉神社」(三つの吉)の順で巡りスタンプを集めると、よい願いが叶うとされ、町内外の多くの人が訪れている。5カ所回ると運気が上がり、実際に宝くじが当たった人もいるという

「オンリーワン」の地ワインの魅力を全国へ

リンゴ以外にも、ブドウやモモ、サクランボなど、数々の果物の栽培が行われる余市は果物のまち。ワインブドウの収穫量は全道一を誇り、地産のブドウを使った地ワインもつくられている。「余市ワイン」をつくり40年になる老舗が「日本清酒・余市葡萄酒醸造所」だ。

同社は平成23年、余市ワインを楽しめる「余市ワイナリー」をオープン。地域に寄り添ったワイナリーとして注目を集めている。醸造所課長の園田稔さんは、「ここに『余市ワイナリーがある』ということを多くの人に知っていただくことが目標です。観光で訪れる人はもちろん、何より地域の人が集まる場所にしていきたいですね」と語る。

余市ワイナリーは地元農家6軒と契約し、生産者の顔が見えるワインづくりにこだわる。

「私たちのワイナリーは、生産者の皆さん、つくり手によって成り立っているのです。ワインづくりにおいて生産者とのコミュニケーションは欠かせません」と言う園田さん。「余市」という地名入りのワインをつくれるのは余市ワイナリーだけ。ワイナリーも、ワインづくりも、地域との関わりを最も大切にしている。

そんな「オンリーワン」の地ワインづくりに誇りを持つ園田さんも、今回のドラマ放送に大きな期待を寄せている。「マッサンを通じて、〝余市〟という名前が広まって、〝余市ワイン〟への注目度もさらに広がってくれたらと思っています。将来的には東京進出を目指し、多くの人に『余市ワインって何だろう』と興味を持ってもらえる取り組みを行っていきたいです」。

〝ワインづくりの地〟としても余市は注目を集める。「後継者がいないワイナリーを東京の飲食メーカーが買い取る例もありますし、移住してワイナリーを開く人もいます。この地域は『ワイン特区』にも定められました。ワインのまちとしてさらなるPRをしていきたいですね」と話す三浦会頭は「余市は本当に、おいしいものがたくさんあります」と力を込める。

海の幸のさまざまな燻製商品を扱う「南保留太郎商店」。地元の人はもちろん、観光客にも評判。一匹丸ごと燻製した鮭は濃厚な味わい

竹鶴氏がもたらした2度のチャンスを生かす

もともとはニシン漁で栄えた歴史を持つ余市。ニシン漁最盛期の繁栄を伝える歴史的建造物で、国の重要文化財に指定されている「旧余市福原漁場」や、ニシン漁の歴史を展示する「よいち水産博物館」など、その名残を今に伝える。まちでは新鮮な刺身や寿司が楽しめ、山に行けばブドウ畑が広がり、そして鮎がとれる川もある。豊かな自然に囲まれたこのまちには、「食には困りません」と三浦会頭が言うように、海の幸・山の幸が豊富にある。

食の魅力に加え、札幌からアクセスが良いのも特徴だ。平成30年に北海道横断自動車道が完成すれば、札幌まで車で30分。豊かな食と自然に恵まれ、住みやすいまちとしてPRを図りたいと話す三浦会頭。「定住者が増えれば」と期待を込める。

「ニッカウヰスキーの創業、そして今回のドラマの放送。余市のまちは、竹鶴さんに2度のチャンスをもらいました。余市をアピールするまたとないこのチャンスを生かしたいですね」。マッサン効果に乗って、余市の魅力はこれからますます広がりを見せるだろう。

海軍カレー「スパイシーカレー」もグルメの旅には欠かせない。

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