労災死者は年1千人超
「朝、働きに出掛けた労働者が、その日の勤務が終わり無事帰宅する」。雇用者である企業にとって、一見極めて当たり前のことであるが、この当然のことを達成する道のりは険しい。昨年一年間で1000人以上の労働災害による死亡者が発生。業務中のけがなどにより数日間仕事を休まざるを得なかった労働者に至っては10万人以上にも及ぶ。
今回の特集で特別寄稿いただいた東京海上日動リスクコンサルティング株式会社ビジネスリスク事業部の主任研究員の橋本幸曜氏は、「この現状は決して看過できるものではありません。まだ改善の途上にあるという問題認識を持ち、現状を後退させず、さらに改善を重ねる取り組み、つまり労働安全衛生に関する継続的な取り組みが今後も必要です」と強調する。近年、労働災害は、業務上の事故によるけがだけでなく、うつ病などの精神疾患や脳・心臓疾患などの疾病型が増加。建設業や製造業だけでなく、広い業種で使用者責任が問われている。
特集では、経営者の強い味方として注目を集めている、労災の上乗せ保障と企業の損害賠償や訴訟対応などの経営リスクを担保する商工会議所の「業務災害補償プラン」に注目。その導入のメリットなどを紹介する。
加入件数3万件突破
日本商工会議所では、各地商工会議所の会員サービス事業のさらなる充実を図るため、「業務災害補償プラン」を推奨している。制度開始から3年間ですでに3万件以上の加入があった(13年3月末時点)。
政府労災保険のみの加入では、十分な補償が受けられない状況にあり、働く従業員への十分な補償はもとより、企業の経営安定化、人材確保の観点からも労災事故への備えが不可欠である。
このため、政府労災保険への上乗せ補償の必要性は極めて高く、また事故の発生が経営に及ぼす影響も大きい。例えば、安全配慮義務違反を問われ、高額な賠償金の支払い事例も増加しており、賠償金の支払いが経営に影響を与えかねない。そのため、労災事故への十分な備えを確保し、企業経営の安定化を図ることは、商工会議所の会員事業者の支援策として重要である。
非正規も補償対象
本プランは、日商が契約者となり、(本プラン導入)商工会議所の会員事業者で政府労災保険の加入事業者を対象にしている保険。被保険者は、同事業者の役員・従業員(パート・アルバイトなどの非正規社員も含む)で、保険料は、同内容の一般保険の半額程度に設定されており、業種を問わず多くの事業者で加入しやすい商品となっている。
本プランは、売上高を基に保険料を算出する仕組みのため、加入に当たっては、従業員数を保険会社に通知する手間がかからない。さらに、役員、正社員、パート・アルバイトなどの非正規社員も含めた全ての従業員が自動的に補償の対象となるため、中小・中堅企業や下請企業を抱える企業などにとっても加入しやすい保険といえる。
法律上の損害賠償も担保
本プランの補償の範囲は、大きく分けて2つあり、1つは、業務中のけが(従来型の負傷型労働災害)と最近増加傾向にある職場環境(例えば、過重労働)に起因する疾病型労働災害(精神疾患など)による死亡事故などへの補償。もう1つは、事業者の法律上の損害賠償責任の補償(高額な賠償金や弁護士費用など)。例えば、右の【例】のD事件、K事件における企業が本プランに加入していれば、その賠償金は支払い対象となる。
日商では、会員事業者の経営安定のために、本プランのほかにも企業が抱える経営リスクをカバーするための保険商品を用意。「該当するリスクを抱える企業は、是非加入いただき、少しでも経営リスクを軽減してほしい」と加入を呼び掛けている。
広がる「使用者の安全配慮義務」 使用者責任が問われた例
◆D事件(2010年5月25日 京都地裁)◆
全国チェーン飲食店の新入社員として勤務していた被災労働者(基本給部分に80時間の時間外労働が組み込まれ、発症前の4カ月は月88~141時間の過重労働)が、急性左心機能不全により死亡した。 使用者および取締役らに安全配慮義務を認めたうえ総額7,863万円の賠償責任を認定した。
◆K事件(2011年2月28日 神戸地裁)◆
大手自動車メーカーでエンジン調達グループのバイヤーとして勤務をしていた被災労働者が、取引先との間でさまざまな問題を抱えていたことに加え、上司からの叱責により心身の健康を損ない自殺した。 過剰な労働実態について認識し得たにもかかわらず、自殺に至らないよう適切な措置を怠ったとして、使用者の安全配慮義務を認めたうえ総額6,366万円の賠償責任を認定した。
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