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特別寄稿 避難解消阻む年間1mSvの呪縛 原発事故、早期帰還と生活再建のために

元原子力発電環境整備機構 理事 河田東海夫氏

求められる常識的、直観的理解

2020年オリンピックの東京での開催が決まった。今から6年後である。震災3年目の記者会見で安倍総理は「2020年東京五輪は、東北が復興した姿を世界に発信する機会としなければならない」と述べた。とりわけ、津波に加え、原発事故で甚大な被害を受けた福島の復興を示すことが大切だ。華々しいスポーツの祭典の熱い興奮を、福島の人々と共に楽しめることができなければ、東京五輪の意義は著しく損なわれてしまうだろう。こうした観点から2020年までに成し遂げておくべきことは、福島県民が事故や汚染の不安から開放され、生活再建を実感できる状態を実現しておくことである。そのための最重要事項は言うまでもなく住民避難の完全解消である。

震災関連死1670人超える

福島県内で今年の3月10日までに「震災関連死」と認定された死者数は1671人に上り、地震や津波による直接死者数1607人を超えた。震災から半年以降では震災関連死者数の9割近くを福島県が占め、宮城県や岩手県に比べ突出している(図1)。避難生活の長期化や、将来が見通せないことから来るストレスなどの悪影響は極めて深刻なことを物語っている。

避難指示が出された地域は、11市町村にまたがり、現在も約8万人が避難している。避難指示区域外も含めれば、福島県全体で13万7千人が今なお避難を続けている。それらの避難生活を完全解消するためには、除染を行っても数年以内に年間20mSv(ミリシーベルト)未満達成が見込めない地域の住民の集団移住と、年間20mSv未満ではあるが汚染が残留する地域への早期帰還を実現する必要がある。

ICRP勧告の意味するもの

事故などで汚染が生じた地域における放射線防護に関しては、チェルノブイリ事故の苦い経験を踏まえて作られたICRP報告書111号という立派な国際指針がある。ICRP111では、復興段階では、年間の追加被ばく線量の暫定的な目標値(参考レベル)を1~20mSvの間で、実現性も考慮しつつ可能な限り低い側に定め、その目標達成に向け除染などの防護方策を進めるよう勧告している。

その上で、防護方策は、線量の最小化のみを求めるのではなく、復興に関わる経済的・社会的諸因子との間でバランスを取ることを求めている(防護方策の最適化原則)。この勧告では、年間1mSv未満は、自然減衰なども含めた長期の達成目標で良いとしている。わが国でもこうした勧告を踏まえ、避難解除の要件を年間追加被ばく線量で20mSv以下と定めている。しかしながら、さまざまな情報の混乱の中で「年間1mSv以下でないと安全ではない」との認識が社会的に広く浸透してしまい、早期帰還を妨げる大きな障害になっている。

高汚染地域における面的な除染については、国の「除染モデル実証事業」の結果から、線量率低減効果は4~6割程度であり、線量率が低い地域ほど効果は限定的であることが明らかになった。年間1mSv以下を短期間のうちに達成するのは不可能なことを意味する。

許容線量で決まる帰還人数

除染による線量率低減効果を5割とした場合、避難指示区域からの避難者約8万人のうち1万人弱は、オリンピックの前年、すなわち2019年時点でも年間20mSv以下達成が困難な地域からの避難者である。この人たちは、過酷な決断とはなるが、早急に移住の覚悟を決め、その具体的な実施策とそれを前提とした生活再建策について国や県との協議を開始すべきである。

一方、残り約7万人については、2019年までに年間20mSv以下達成が見込まれる。しかし、実際に何人が帰還できるかは、これらの人々がどれだけの追加被ばく線量を受け入れることができるかによって決まる。 国が避難解除の要件としている年間20mSv以下がそのまま受け入れられるのであれば全員が帰還できるが、年間10mSvなら約1万人が帰れなくなる。年間5mSvならその数は倍増し、年間1mSvにこだわるのであれば、大半が帰れないことになる。避難住民自身が年間1mSvの呪縛を克服し、年間5mSvや10mSvといったレベルでの帰還を真剣に検討しなければならない時に来ている。

進まない帰村

事故後全村避難し、2012年1月に帰村宣言をした川内村では、2年経過後の今なお帰村割合は5割を若干上回る程度にとどまっている。年齢別にみると、60~80代は6割を超すが、20~30代では3割程度、中学生以下は約2割と、特に若い世代の帰村が進んでいない。除染の結果、高いところでも年間2mSv程度に抑えられいるにもかかわらず上述のような状況にあるのが現実であり、5mSvや10mSvでの帰還受け入れへのハードルは極めて高い。

低線量被ばく影響に関する「100mSv以下の被ばく線量域では、がんなどの影響は、他の要因による発がんの影響等によって隠れてしまうほど小さく、疫学的に健康リスクの明らかな増加を証明することは難しい」との公式見解は、学術的には正しい表現ではあるが、いかにも歯切れが悪く、「要するに専門家でも分かっていないのだ」と言っているようにさえ聞こえる。

一方、ネットの世界では年間1mSv以上は危険という情報が多数出回っており、こうした情報混乱の中で避難住民が年間20mSv以下なら安全と確信できる状況にはとても至っていない。こうしたギャップを埋めるためには、学術的に正しい情報提供に加えて、実経験に基づく常識的、直観的理解が可能な情報の提供が必要だ。以下、そうした情報をいくつか紹介する。

年間10mSvは異常ではない

自然界の土や岩石には微量のウランが含まれており、花崗岩などではその含有量が相対的に高い。ウランからは、自然の放射性ガスであるラドンが少しずつ放出される。 欧州では、伝統的に石造りの家が多く、北欧では気密性が高いことなどから、屋内のラドン濃度が高い。その結果、自然界からの年間被ばく線量が日本(年間2・1mSv)の倍程度になる国が多数あり、年間5mSvを超える国もある。

ラドンによる被ばくは地域や家の構造によって大きく異なり、2005年に公表された調査結果に基づけば、年間6mSv以上の被ばくを受ける人口が欧州全体では約2000万人にのぼり、年間12mSv以上の人口は600万人近いと推計される(図2)。実に福島県人口(約200万人)の3倍近い人々が年間10mSvを上回る被ばくを受けているわけである。

こうした被ばくにもかかわらず、欧州では妊婦や小児を含む大勢の国民が健康で文化的な生活を営んでいる。欧州の人口の約半分を占めるフランス、ドイツ、スペイン、イタリアの4カ国の国民の平均寿命は約81歳で、最長寿国日本(約83歳)に次ぐ長寿を享受している。欧州の現実からすれば、年間5mSv程度の被ばく環境は全く普通であり、10mSvの被ばく環境でも決して異常ではない。人類がその中で文化的発展を遂げてきた自然環境の一部に過ぎないことが明らかである。

福島の生涯被ばく欧州並み

事故影響を含めても、帰還住民の生涯被ばくは欧州国民並みにとどまる。汚染が残留する地域での生活を考える場合は、帰還初年度の年間線量のほか、生涯住み続ける場合の累積線量も重要な考慮因子である。図3は、欧州諸国の国民の自然放射線による生涯線量(80年で計算)を示したもので、併せて日本人の生涯線量を、事故影響による被ばくの増分を上乗せして示している。

図から明らかなように、欧州では生涯線量が300mSvを超える国がいくつかあり、最も高い国では約400mSvになる。日本人の場合、自然放射線からの生涯線量は約170mSvであり、これに事故影響を加算すると、年間5mSvで帰還の場合は約270mSv、また10mSvでは約360mSvとなる。後者の場合でも「欧州の高い国並み」といえる。

欧州国民の被ばく経験からすれば、生涯線量の観点からみても年間10mSvでの帰還は、特段心配すべきレベルではないことが明らかである。図中の事故影響では半減期による減衰のみが考慮されているが、実際には「風化効果」でもう少し早く減衰が進むことと、帰還後の追加除染で、被ばくをさらに下げることができる。

発ガン率は上昇しない

低線量被ばく影響に関する学術的見解は、原爆による瞬時の大量被ばくデータといくつかの仮説から導き出されたもので、年間10mSvオーダーの被ばくを長年受けた場合の影響の説明材料としては説得性に欠ける。図4は、高線量地域として有名なインドのケララ地方の住民に関する疫学的調査結果である。

この調査では、高線量地域の住民グループと、低線量地域で前者と同様の生活様式や習慣を持つ住民グループの両者に関する長年の健康調査の比較から、累積線量が600mSvまでは発ガン率の上昇が認められないという結果が得られた。年間10mSv前後の被ばくを長期間受けても、人体の防護機能が働くため、原爆による被ばくのようには発ガン率が上がらないことが明らかになっている。 初年度年間20mSvで帰還した場合の住民の生涯線量は約550mSvとなり、600mSvを下回る。この図は、年間20mSvで帰還しても発ガン率の上昇を心配する必要がないことを端的に示している。

事実に基づく理性的・合理的判断を

放射線影響については日常生活の中で相場観を持つことは不可能であり、過度に防御的になるのは人間の自然な反応である。しかし、事故による汚染が残留する中での帰還を実現するためには、地域全体として、事実に基づく理性的・合理的判断が求められる。

その難しい判断を助ける上で、上述したような事実の共有化と、それに基づく常識的・直観的理解が重要な役割を果たすであろう。完全原状回復を求めるのは被災者のごく自然な感情ではあるが、そうした人災意識を乗り越えないと理性的判断にはたどり着けない。そのギャップを埋めるためには、行政や専門家と住民との間を結ぶメディエータ役や、住民側で合理的判断を前向きに受け止めるオピニオンリーダーの役目も極めて重要になる。「避難状態の早期解消のための重要事項」をいくつか列挙する。 (下記参照)

これらのことは、国の復興計画でもすでにその方向で動き始めているものもある。今後それらが実効性を持って進み、避難状態が一日も早く解消されて、住民の生活再建が本格的に始まることを心から祈念する。

早期帰還のための重要事項

・帰還に向けての目標線量は、国が一方的に提示するだけでは住民の納得は得られない。いくつかのオプションを提示し、自治体や住民組織を交えた協議体を設け、専門家の助言を受けつつ住民が目標線量を自主的に選択していくことが望ましい(地区ごとに異なっても良い)。

・帰還困難区域からの避難住民の場合、恒久的移住の要否の判断を早め、具体的な移住の実施策や、移住先での生活再建支援策についての国との協議を早急に進めるべき。

・個人線量計の全員配布や各種モニタリングの強化、長期にわたる線量評価や健康管理支援体制の整備なども、帰還に向けての条件整備として必須。

・最終的に帰還するかどうかは住民自身が決めるべきことであり、帰還を望まない場合には「移住」の選択肢を保証し、かつそれを支援する体制も必要。

・実際の帰還実現に向けては、除染だけでなく、崩壊したインフラの再整備や、帰還後の生活再建に向けた国による強力な支援をパッケージで提供することが重要。