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新年特別対談 2021年の経済展望と政策課題 日本を強く豊かな国へ成長させるために 柳川範之教授×三村明夫会頭

柳川 範之(やながわ のりゆき) 東京大学大学院経済学研究科・経営学部教授 1963年埼玉県生まれ。88年慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業、93年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。2011年から現職。内閣府経済財政諮問会議民間議員、内閣府全世代型社会保障検討会議議員、東京大学不動産イノベーション研究センター長など。

2020年は新型コロナウイルス感染症(以下、「新型コロナ」とする)拡大の影響により世界全体の経済・社会が大きく激変した1年でした。わが国経済においても、緊急事態宣言が発令された昨年4~6月期のGDPがリーマンショック時を超える戦後最大の落ち込みを記録しました。その後、11月頃までは社会経済活動のレベルが引き上がり、最悪期からは一旦持ち直しつつあったものの、年末にかけて感染が再拡大したことで経済回復への足取りは依然として重いままです。

そのような中、本年は、延期となっていた東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、「東京2020大会」とする)の開催も予定されており、感染拡大防止を図りつつ、社会経済活動を両立させていく一つのシンボルとして成功させることが求められています。今回は内外の経済情勢に詳しく、経済財政諮問会議議員も務める柳川範之・東京大学大学院経済学部教授をお迎えし、激動のコロナ禍で日本が成長を維持拡大するために必要な政策や、中小企業が進むべき道のりなどについて、三村明夫会頭と語っていただきました。 (聞き手・内山 真李)

「戦略的ゆとり」が不可欠 三村会頭

―コロナ禍の2020年を振り返り、見えてきたわが国の課題は何でしょうか。

三村 新型コロナは、非常に厄介です。経済活動が活発になって、人の動きや接触が増えれば感染が拡大するので、感染を抑制するためには経済活動も抑えざるを得ない。有効なワクチンが行き渡るまでは、長期戦になると思います。このような非常事態の中では、まずは助けを必要とする国民や企業が倒れてしまわないように支援しなければなりませんが、そのためには十分かつ安定した財源が必要です。つまり、新型コロナを通じて、豊かで強い国でなければ、パンデミックなどの緊急時において国民を救えないということが明らかになりました。

昨年は幸い、一昨年と比べて自然災害は少なくて済みましたが、もし新型コロナと大きな自然災害の発生が重なっていたら、より深刻な事態となっていたでしょう。そのように考えると、自然災害の激甚化に対しても一層意識を高めた備えが欠かせません。

また新型コロナの感染拡大当初には、必要な医療物資が不足するなど、医療安全保障上の課題も明らかになり、米中対立の中で地政学上のリスクも高まっています。このような将来の不確実性に備えるリダンダンシーがわが国には不可欠であり、私はこれを「戦略的ゆとり」と呼んでいます。

柳川 経済活動を縮小しないと感染拡大を防げない点が新型コロナの悩ましいところで、同時にわれわれに突き付けられた大きな課題です。「感染拡大防止と経済活動の両立」のための方法は主に3点あります。1点目は「コンタクトレス」です。なるべく人との接触を避けつつ、経済活動を維持する方策を探ることが必要です。新型コロナにより、幸いにして社会全体でデジタル化が進み、対面で人と接触しなくても一定の活動を行うことができました。2点目は、もちろん完璧にはできませんが、「しっかりとした検査体制や医療提供体制を確保すること」です。これによって、一定の経済活動を行っても、さほど大きな感染拡大につながらないようにすることは可能だと思います。3点目は「ワクチンの完成」です。これにより、安心して経済活動を行うことが可能になるので、どれだけ早い段階で安全で効果的なワクチンが完成するのかが非常に重要です。ワクチンはわれわれのマインドや経済活動を劇的に変えてくれる可能性があります。

財政健全化を時間軸で考える 柳川氏

―現状を踏まえ、今後、政府に対して望むことをお聞かせください。

三村 検査体制や医療提供体制はさらに充実すべきです。仮に再度の緊急事態宣言など、強い措置により経済活動が大きく制約されることになれば、数十兆円規模の経済損失になる可能性もあります。それを防ぐという意味で、事前にしっかりとした医療提供体制を整えておくことの経済的な価値は非常に大きいと思います。中小企業からは「再び緊急事態宣言が発出されるような事態になれば、もう経営がもたない」など悲鳴にも似た声が上がっています。難しいことは承知の上ですが、政府には感染拡大防止と経済活動を何とかギリギリのところで両立していただきたい。

また、財政の健全化も重要です。これまでの経済財政諮問会議では2025年までにプライマリーバランス(基礎的財政収支)を黒字化するとの目標が掲げられましたが、名目3%程度のGDP成長率が前提であり、残念ながら現実的な計画ではありませんでした。

しかし、今般の新型コロナで初めて、「日本をさまざまな環境変化に強い豊かな国にするためにも、健全な財政を維持することが極めて重要」という新たな意味合いが加わったのではないかと思っています。現時点では難しいかもしれませんが、将来的な財政健全化に向けてのメッセージは必要です。

柳川 緊急事態宣言を出さざるを得ないような事態が生じた場合、政府はしっかりと国民を救い、どれほど苦しくても財政支出を行わなければいけません。しかし、それだけでは不十分です。「どのような時間軸で財政を健全化させるのか」「どのようにして企業に成長してもらうのか」という具体的なプランを企業と一緒に考えることが大切です。加えて、ウィズ・コロナあるいはポスト・コロナで行うべきことをセットで考える発想が政策には必要です。

三村 新型コロナの影響が深刻な今、政策に望むことは、何はともあれ困っている人や企業を選別せずに助け、経済回復までの時間を稼ぐことです。しかし、それをいつまでも続けるわけにはいかないことも理解しています。これからは、どのような企業であれ一律に支援するという段階から、自ら道を切り開く意欲と能力のある企業を重点的に支援するというステージに同時並行的に移行していくべきだと考えます。ただ、企業の自己変革にはある程度の時間を要することも事実ですので、政府にはその点も十分考慮していただきたいと思います。

生産性向上が成長実現への鍵 三村会頭

―今後、中小企業がコロナ禍を乗り越えるために必要なこととは。

柳川 米中関係も含めて、国際的な経済関係や政治情勢がこれから不安定化することは間違いありません。ただ、少し見方を変えれば、世の中の変動は中小企業にとっては大きなチャンスになり得るとも考えています。その動向を捉えられれば、収益機会を得ることにもつながります。特に今までチャンスに恵まれなかった中小企業は、改めて自分に出番が回ってきたり、製品が売れるようになったりする可能性も十分あるでしょう。中小企業には、新型コロナを前向きに捉え、自分たちのチャンスとして生かしてほしいです。

三村 潜在成長率(成長する力)は、「資本蓄積」×「労働力」×「生産性」の三つの要素で表されます。「資本蓄積」については、先行きの不透明感が高ければ、設備投資もできません。「労働力」については、これまで女性や高齢者の活躍推進などに積極的に取り組んできた結果、労働参加率は大きく向上しましたが、さらに増やすことには限界もあります。従って、日本経済のさらなる成長のためには、残る「生産性」の向上をどのように達成するかにかかっているといえます。

生産性の低さは日本企業全体の課題ではありますが、中小企業の生産性が大企業の半分程度にとどまっているのも事実です。従って、いかに中小企業の体質を強化し、生産性を引き上げるかが大事になります。これまでも中小企業は、人手不足が深刻化する中で、生産性を引き上げないと生き残れないという課題に直面してきました。生産性向上のためには中小企業もデジタル技術を活用することが有効ですが、これまで導入は進んでいませんでした。

その理由としては3点あり、第1は経営者自身がデジタル技術の有用性に気付いていないこと。第2に社内に技術者がいないこと。さらに第3には、デジタル技術の導入に伴うイニシャルコストが高くて無理だと思い込んでいること。これらの3点がボトルネックになっていました。

ところが、新型コロナで状況が一変しました。中でもテレワークについては、当初、中小企業への導入は難しいといわれていましたが、東商が昨年実施した調査では、3月時点で26・0%にとどまっていた都内中小企業のテレワーク実施率が、6月には一気に67・3%まで伸びました。30人未満の小規模企業でも、ピーク時には45・0%の企業がテレワークを実施しました。今まで「テレワークなんてとてもできない」と言っていた多くの経営者が、このコロナ禍を契機に、デジタル化が自社の経営を救うこと、生産性向上のための重要な手段だということを学びました。これは非常に大きいと思います。

また、コロナで減少した売り上げを補うためにeコマースに取り組んだ企業もありますし、今後、行政のデジタル化が進むと想定される中では、民間事業者もそれに対応していくことが求められます。

中小企業には「宝」が息づく 柳川氏

―生産性向上に向けてデジタル化が重要とのことですが、企業はどのような対応を取れば良いのでしょうか。

柳川 デジタル化というと、高額で巨大システムを事業者から購入するなど初期投資コストが高いように思われがちです。しかし、例えばエクセルで業務プロセスを管理できるようにするだけでも格段に効率が上がります。最初は資金をかけず、エクセルなどのデジタルツールを導入して業務を整備することがデジタル化のポイントなのです。

三村 IT企業のデジタル技術者に任せると、どうしても自社の機器やシステムを販売することが目的になってしまい、中小企業目線で最適なデジタル化を提案できていないのが現状です。東商では、一昨年から簡単・便利で安価なIT活用を中小企業へ具体的に提案する「はじめてIT活用1万社プロジェクト」に取り組んでいます。その中で、中小企業の実態に即したITの利活用を提案する「身の丈IT」を推奨しています。個々の企業に合ったITを導入し、また、初期投資が非常に少なくて済むクラウドサービスなどを活用することで、効率的かつ費用も少なく済ませる。こういった支援を中小企業に寄り添って行うことが必要です。

柳川 中小企業のデジタル化は、可能な範囲から対応していくことで少しずつ進めることができるので、まずは自社の足元を固めることも必要です。この点を中小企業の経営者の方々には理解していただき、できることから確実に取り組むことで、スムーズなデジタル化が実現できます。それがビジネスチャンスを広げることにつながるかもしれません。

三村 デジタル化は、中小企業の生産性を上げるためには非常に効果的です。また、中小企業の一社一社はビジネス規模としては極めて小さいですが、全体として見れば膨大な需要となります。既に「中小企業のデジタル化は一つの有力なマーケット」と着目している大企業もあります。

柳川 中小企業には、その規模が小さくても、ノウハウや人的資源などの「宝」が埋もれています。デジタル化の時代だからこそ、個々の現場でそれらを上手に生かせるのではないでしょうか。巨大なプラットフォームが世界を席巻してしまうのではないかというような話をよく聞きますが、中小企業は大企業に全くない業務ノウハウを持っています。

ただ、中小企業の多くはそれらを「宝」だと認識していません。それはあまりにもったいないことです。中小企業は宝を全面にビジネスの場で活用することが大切です。本来、デジタル化はその宝を活用するためにあると思います。特に中小企業のIT化・デジタル化の肝は、経営者や従業員の頭の中に埋もれている宝をデジタルで「見える化」してビジネスに活用することともいえるでしょう。それが中小企業にとって大きな武器になるのではないでしょうか。

三村 それから生産性を向上させる観点では、サプライチェーン全体の効率性を高め、コストアップや付加価値をフェアに分け合う取引価格の適正化や、規模・系列の垣根を超えた連携による新たな価値の創造など、「大企業と中小企業の新たな共存共栄関係」を構築していこうとする新たな動きがあります。昨年、この趣旨に賛同する企業による「パートナーシップ構築宣言」の取り組みが始まりました。私としては1000社の企業に宣言してもらうことを目標としています。

国際社会では経済力が必要 三村会頭

―コロナ禍で世界経済も大きな影響を受けています。現在の世界情勢をどのように見ていますか。

柳川 世界の経済や政治情勢が構造的に変化してきているということは間違いありません。米中関係をはじめ、政治・安全保障関係が以前から大きく変化してきており、中国の世界経済全体における存在感は高まっていくものと思います。一方で欧州は感染拡大が広がる中、温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「グリーンディール政策」にウエートを置きつつ経済を復興させようとしています。菅政権も、このグリーン化を大きな政策の柱としていることからも、経済のある種の構造変化を示していると思います。

日本としては、世界の経済や政治情勢が変化する中で、どれだけ存在感を示してリーダーシップを発揮していけるのかが問われています。日本が世界の主要国の一つであることは明らかですし、他の国と連携を取ることで、世界の標準をつくり、リードすることはまだまだ可能だと思います。

この先も経済のグローバル化が進むことは間違いありません。狭い意味での外交だけではなく、グローバルな連携を国主導でどのように取っていくのかが重要だと考えます。これは、中小企業の国際展開のしやすさや、輸出のしやすさにも直結する話なので、国にはぜひ頑張っていただきたいところです。

三村 米国の新大統領がバイデン氏になっても、米中対立が長期化することは変わらないとみています。貿易については一部で歩み寄りがあるかもしれませんが、安全保障、高度技術、あるいは国家体制面での対立については簡単に解決しないでしょう。

そうした中で日本がどのような役割を果たすべきか、われわれ自身が思う以上に、国際社会、特にアジアでは期待されていると思います。例えば米国が抜けた後のTPP11を主導してなんとか成立させたように、日本は国際社会において一つの軸として存在感を発揮することを求められており、われわれもそれを自覚して行動することが必要です。

そうした期待に応え、国際社会で一定の発言力を維持していくためにも、やはり経済力が必要です。日本は、グロスGDPでは世界3位の経済大国ですが、「1人当たりGDP」では今や世界で31位です。今後は「1人当たり」で見た日本の課題にも着目し、成長力を高めていく必要があります。

明るい展開の備えも考える 柳川氏

―2021年は東京2020大会の開催なども控えています。本年に期待することなどをお聞かせください。

三村 本年に期待することとしては、何より新型コロナに有効なワクチンが早期に完成し国内に供給されることです。感染しても重症化する不安がなくなれば消費も増えるでしょうし、これが最も大きな望みです。併せて、やはり東京2020大会の開催ですね。

新卒の学生がコロナ禍で就職に苦労しているという報道もありますが、中小企業全体としては人手不足が続いています。また、コロナ禍が収束した後には、再び深刻な人手不足になるのではないかという懸念もあります。学生の皆さんには、ご自身の将来を託す価値ある職場として、ぜひ中小企業をお勧めしたい。多くの学生が中小企業を就職先に選択するような、そういう1年になればいいと思います。

柳川 ワクチンは現実的な希望になってきています。もちろんまだ不確実性はあるものの、逆にワクチンが効果をもたらし、新型コロナが比較的早く収束したときの世の中に対しても、しっかり準備をしておく必要があると思っています。

私たちは先を予測しながら、さまざまな計画を立てなくてはいけません。今は長く苦しめられてきたために、悲観的なシナリオばかり見られています。もし、ワクチンが劇的に効果を上げて、想像よりもずっと早く新型コロナの収束が見えたとしたらどうでしょう。東京2020大会の前に経済活動が本格化してきたとき、準備万端整っているのか。インバウンドがまたどんどん入ってくるようになったときに、新型コロナ以前のように、受け入れ体制をすぐに整えられるのか。明るさが見えてきたときの備えもしておくべきだと考えます。

一方、先行して設備投資をすると、再び感染者数が増えたときに、企業はコストを回収できないので、バランスは難しいところです。しかし、本年は大きく明るい方向に振れるという可能性も十分にあると思いますので、少なくともマインドとして、その心構えと準備はしておくべきです。

(20年12月7日実施)