コラム石垣 2021年5月21日号 宇津井輝史

外出自粛が奨励され、静かなときを過ごす機会が多い昨今である。いつか読もうと思っていた本に手が伸びる。時間をかけて読みふけるのもいいが、こんなときは心に沁みる詩を味わいたい。

▼「詩人が書かないかぎり、なにごともはじまらない。詩人の生のなかを一度だけ通過した、感情、感覚、思考が協力して織りあげるひとつの分解しがたい内的経験を、詩人が言語のかたちに組織することによって」(菅野昭正『詩の現在』集英社)生まれるのが詩作である。

▼和歌や俳句という詩作の伝統を持ちながら、散文詩を味わう機会は少ない。ノーベル賞に最も近づいた西脇順三郎、現代詩の地平を切り拓いた吉増剛造や大岡信ら、世界に誇れる詩人も少なくない。だがこんなとき心に響くのは、市井の人々のささやかな日常に潜む心のひだを言葉にした吉野弘である。

▼「二人が睦まじくいるためには/愚かでいるほうがいい」で始まる『祝婚歌』は姪に贈った詩である。「健康で 風に吹かれながら/生きていることのなつかしさに/ふと胸が熱くなる/そんな日があってもいい」と謳う。また「やさしい心の持主は/いつでもどこでも/われにもあらず受難者となる/何故って/他人のつらさを自分のつらさのように/感じるから」(『夕焼け』)は誰にも心当たりがある。

▼心優しき詩人は7年前に亡くなった。詩人の故郷である酒田を訪れたとき「吉野弘追悼展」に出会った。慎ましやかに、しかし神のごとく人々に寄り添った生涯の詩業を堪能した。「人間は、その不完全を許容しつつ/愛しあふことです」の文は没後見つかった。いまは「ひとが/ひとでなくなるのは/自分を愛することをやめるときだ」という言葉をかみしめたい。

(コラムニスト・宇津井輝史)

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