真壁昭夫の経済底流を読み解く 脱炭素と自動車業界の環境変化

今年7月、欧州委員会は2035年にEU圏内でのガソリン車などの販売を事実上禁止して電気自動車(EV)などへの移行を目指す方針を示した。ハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)ともに禁止する見込みだ。米国のバイデン大統領も、30年の新車販売に占めるEV、PHVと燃料電池車(FCV)の割合を50%に引き上げると表明した。世界最大の自動車市場・中国も、新車販売に規制をかけることを鮮明にしている。背景には、想定を上回る地球の気温上昇がある。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、2021~40年の、産業革命前と比較した気温上昇幅が1・5度に達するとの予測を公表した。地球温暖化がさまざまな地域で異常気象の原因の一つになっていると見られ、自動車業界における脱炭素はすでに喫緊の課題になっている。

世界全体で自動車などの原材料の生産、利用、廃棄の際に排出される二酸化炭素量を評価する〝ライフサイクルアセスメント(LCA)〟が強化され、期限を設けて目標数値が設定されることになった。欧州委員会は35年に新車をEVなど走行時に温室効果ガスを排出しない車に限定し、HV、PHVを含むガソリン車、ディーゼル車の新車販売を事実上禁じる方針だ。さらに、FCVは製造コストが高いので、EUは電動化のメインとしてEVを重視し、関連する政策の立案を急いでいる。

2番目に基準が厳しい米国は、30年に新車販売の半分をEV、PHV、FCVにする方針だ。公約に気候変動への取り組みを掲げたバイデン大統領は産業、雇用にも配慮しなければならない。結果、バイデン政権は欧州と異なりEVとエンジン車のいいとこどりをしたPHVを含めることによって妥協点を見いだした。中国では豪雨や大気汚染が深刻化しており、脱炭素への取り組みは待ったなしだ。このため、EV、PHV、FCVを〝新エネルギー車(NEV)〟に区分して補助金などの対象とし、HVは低燃費車として優遇する。ただ、中国は製造技術面に弱さがあるため、PHVに加えてHVも重視する。

欧州委員会は、23年に炭素の国境調整(環境規制が緩い国からの輸入品に事実上の関税をかける制度)の導入と原材料の調達、生産、廃棄によって排出される二酸化炭素の量を評価する〝LCA〟の確立に取り組んでいる。現状では、24年7月から車載バッテリーや産業用の充電池を対象に、ライフサイクル各段階での二酸化炭素排出量の計測と第3者による証明実施が目指されている。独フォルクスワーゲンは、EVは走行時には温室効果ガスを出さないが生産工程では排出するので、バッテリー製造を中心に再生可能エネルギーを用いた自動車生産を目指し、洋上風力発電事業に参入した。また、米アップルは昨年7月、30年までに自社のビジネス、サプライチェーン全体、製品のライフサイクル全てにおいてカーボンニュートラルを達成すると発表した。米マイクロソフトは30年に〝カーボンネガティブ(排出量<吸収量)〟を達成し、50年までに1975年の創業以来の電力消費によって間接的に排出した二酸化炭素を、完全に除去すると表明した。製品のライフサイクル全体でガスの排出が抑えられているかが、顧客企業や消費者により厳しく評価される時代が到来している。

このようなLCAを基準にした評価が定着していくと、火力発電で多くの電力を供給しているわが国の製品の競争力に、マイナスの影響を与える恐れがある。わが国に求められることは、エネルギー政策の転換を進めること、つまり再生可能エネルギーの切り札といわれる洋上風力発電をはじめ、太陽光発電、水力発電などを推進することだ。この取り組みが遅れると、欧州などでLCAを基準とするサプライチェーンおよびバリューチェーンの整備が進行し、わが国企業のシェアや競争力が低下する可能性が高まる。政府は迅速に、産業政策のグランドデザインを提示し、向かうべき方向を示さなければならない。 (8月15日執筆)

まかべ・あきお 1953年神奈川県生まれ。76年、一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。83年7月ロンドン大学経営学部大学院卒業。メリルリンチ社ニューヨーク本社出向などの後、市場営業部、資金証券部を経て、第一勧銀総合研究所金融市場調査部長。現在、法政大学大学院教授。日商総合政策委員会委員。『はじめての金融工学』(講談社現代新書)など著書多数。
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