新たな分野の開拓や新事業への進出は、大掛かりに考えてしまいがちだ。コロナ禍で苦境にある中小企業では大規模な事業投資は難しい。しかし、ピンチはチャンスでもある。そこで、転機を見逃さず、自社の技術やサービスを見直す“小さなイノベーション”で業績を伸ばしている企業の取り組みに迫った。
エアー遊具会社が医療用簡易陰圧室を開発して売り上げをV字回復
エアー注入式の遊具を開発し、全国各地のイベント会場や遊園地、観光施設などへのレンタル・販売を行っているワン・ステップ。新型コロナウイルスの影響で各地のイベントが自粛となり、一時は売り上げ9割減に陥るも、エアー遊具で培ったノウハウを応用して、感染防止に役立つ「簡易陰圧室」をいち早く開発した。大きな反響を呼んで、業績回復を実現した。
過去最高益から一気に売り上げ9割減へ
2020年春、イベント遊具のレンタル・販売を行うワン・ステップは、お先真っ暗の状況にあった。新型コロナウイルスの感染拡大で、全国のイベント類が相次いで中止となり、4月には売り上げが7割減。書き入れ時である5月の大型連休の予定もぽっかり空いて、一時は9割減まで落ち込んだ。
同社は、社長の山元洋幸さんが大学院卒業直後の02年に設立した。在学中に起業を目指して、宮崎商工会議所が募集した「チャレンジショップ制度」に申し込み、雑貨店の運営からスタートする。契約期間であった8カ月で終了し、その後は介護用品のレンタル事業を始め、仕事のない土・日は観光施設でアルバイトをしていた。その施設の社長に「子ども向けに何かやってみないか?」と声を掛けられ、自分の目で選んだバッテリーカーを提供したところ、高い評価を受ける。それがイベント遊具に着目するきっかけとなった。 「事業を始めるに当たって、競合相手の少ないニッチな市場で、シェアを獲得していくことが自分に合っていると思いました。そのためにも商品やサービスを差別化することを第一に考えました」と山元さんは振り返る。
当時、イベント遊具を扱っている会社は全国的にも少なく、九州では他県に1社しかなかった。そうした中、同社は機能性と安全性に優れたエアー遊具を次々に開発していく。ほかにも、乗り物シリーズやVR・AR(仮想現実・拡張現実)を使用した新感覚アトラクションなどを幅広く扱い、今や保有するアイテムは800種類以上と日本最大級を誇る。それとともに、きめ細やかなサポート体制を整えて顧客の信頼を得、年率15~30%の増収増益を続け、19年12月には過去最高となる6億1200万円の売り上げを計上した。
その勢いに水を差したのが、新型コロナウイルスだ。
培ったノウハウを生かしてエアー式簡易陰圧室に着目
ところが、そんな逆境に対して山元さんは前向きだった。
「さすがにまずいなとは思いましたが、年間売上高を前年比の50%に戻すことができれば、2年間は会社の存続が可能だと分かったんです。2年あれば挽回できる、今できることをやろうと頭を切り替えました」
そうして目を向けたのは、新型コロナウイルス対策のエアー式簡易陰圧室だった。陰圧室とは、室内の気圧を室外よりも低くし、ウイルスなどで汚染された空気を外に逃がさないようにすることで、感染の拡大を防止する医療関連設備である。海外にはテント型陰圧室があることを以前から知っており、エアー遊具で培ったノウハウが生かせると直感的に思った。そこで宮崎大学農学部附属動物病院や福井工業大学などの協力を得て、真空ポンプメーカーのアルバック機工と共同で、5月中旬から開発に着手した。
「エアー式簡易陰圧室の製作に取り組んでいることを、早い段階から当社のHPに掲載していました。すると、まだ完成もしていないのに、全国の医療関係者から問い合わせが相次ぎ、ニーズの高さを実感しました」
類似商品がまだ登場していなかったことや、時機を逸すると需要がなくなる懸念もあることから、急ピッチで製作を進めた。空気を吸い込んでウイルスを除去する仕組みづくりに苦戦したが、目標にしていた10月の発売にこぎつける。同商品は規定サイズのほかにも、利用する場所に応じてサイズやレイアウトが変更できるオーダーメードも可能なところが特長だ。現在まで医療機関や介護施設などを中心に200機近くを販売。売り上げは約1億6000万円に上り、業績回復に大きく貢献している。
常に派生事業を念頭に置いてなだらかな成長を目指す
一気に市場を開拓したエアー式簡易陰圧室だが、「今年がピーク」と山元さんは予測する。コロナ禍が収束すれば、確かに需要は減っていくだろうが、代わりに全国でイベントが再開されて、本業のイベント遊具の需要は回復すると見ている。
同社は以前から、既存事業だけではいずれ頭打ちになる状況を想定して、常に派生事業を念頭に置いた経営を心掛けてきたという。実際、18年ごろから防災関連商品に着目し、その開発を模索していたことが、簡易陰圧室のアイデアに結び付いた。今では、自社ホームページとは別に「エア防災」という専用サイトを立ち上げ、災害時の避難所向けパーテーション「ジョイントエアーパネル」、熱中症対策の「冷却ミストテント」、ワクチン接種会場向け「ゾーニング通路」や「ドライブスルーエアテント」など、多様な商品を展開しており、新規事業の柱になりつつある。
「ニッチ市場でナンバーワンを目指しながらも、あるレベルまで到達したら、隣の市場も探しに行くのが当社の方針です。そのためにも当社では長年新卒を採用して、柔軟な発想や商品開発力のある人材育成に力を入れてきました。今後もヤドカリのように新たな環境に適応しながら、なだらかな右肩上がりを中長期的に継続できる経営を目指したい」と山元さんは冷静に展望を語った。
会社データ
社名:株式会社ワン・ステップ
所在地:宮崎県宮崎市清武町今泉甲4625-1
電話:0985-64-5399
HP:https://onestep-miyazaki.com/
代表者:山元洋幸 代表取締役社長
従業員:25人
【宮崎商工会議所】
※月刊石垣2021年12月号に掲載された記事です。
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