三重県松阪市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、伊勢街道の宿場町として栄え、江戸時代には大阪商人、近江商人と並ぶ日本の三大商人である伊勢商人を輩出した商都で、世界的なブランド「松阪牛」を誇る松阪市について、データを読み解きながら、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
整っている環境・基盤
松阪市は、和歌山街道と伊勢街道が合流する交通の要衝として繁栄、現在でも、国道23号・42号・166号が交差するほか、JR紀勢本線や近鉄大阪線・山田線が通る、三重県南部の中心都市である。同市のGRP(5126億円、2015年)の構成比を見ても、生活の基盤となる「保健衛生・社会事業」(医療や介護など)が9%、「小売業」や「運輸・郵便業」など商業の基盤となる産業がそれぞれ約8%と上位を占め、商都・中心都市としての環境が整備されていることが分かる。
ただ、こうした基盤が地域経済の活性化に役立っているか、疑問が残る。地域経済循環(2015年)を見ると、「支出」段階の「その他支出」で地域外に1500億円も所得が流出(域際赤字)している。実にGRPの3割にもなる規模だ。結果、地域に所得が残りにくい構造となっており、1719市町村中で労働生産性は873位、地域住民1人当たり所得は1321位と低迷している。
商都として地域には商業機能が内在されているが、その力を、生活文化に根差した地域資源の高付加価値化・ブランド化に活用しておらず、地域の外から商品・サービスを移輸入して地域住民に供給する(結果的に所得を地域外に流出させる)ために活用している状況だ。
また、世界的ブランド「松阪牛」を地域に裨益させる工夫も必要であろう。畜産を含む「農業」は移輸入超過(所得流出)で、「食料品」の移輸出超過(所得流入)も低額であり、ブランドの強さを考えると、さらなる効果が期待できるのではないか。
地域マーケティングを
売り上げを計上するのみならず、利益を残すことが商売の基本である。地域経済を活性化するためにも、地域の消費市場を維持・拡大するのみならず、獲得した所得を地域に残すことが重要であり、松阪市の場合は、地域の外から内に向いている商業機能のベクトルを、内から外へと変えること、変えようと努めることが求められる。
幸い松阪市に地域資源は豊富にある。三井家発祥の地や旧小津清左衛門家など「豪商のまち」として分かりやすいものだけでなく、全国平均と比べ集積し地域外から所得を獲得している「林業」も資源だ。星がきれいに見えることを「星取県」としてアピールする鳥取県のように、他地域との違いは、それだけで資源として活用できる。
また、地域資源の打ち出し方や活用方法を思いつかないようであれば、「兼業・副業」や「テレワーク」の環境整備を進めることで、首都圏などから人材を招き入れることも重要である。富山県南砺(なんと)市の日の出屋製菓産業はネット販売事業の立ち上げを首都圏で副業を希望するコンサルタントに任せ成果を挙げている。また、山形県の楯の川酒造では海外輸出を促進する業務を石垣島に住む社員に担当させている。
域際収支を改善するためには、地域資源を地域外に広く周知・販売し、地域外から所得を獲得しようとする地域マーケティングの実践が求められる。ただ、自分たちの地域だけで担おうとする必要はなく、企業が経営計画を策定し、足りない要素を外部連携などで補いながら収益拡大を目指すように、松阪市が自らの課題を整理し、地域内外のナレッジを巻き込みながら地域経済の発展に取り組むことが重要である。
地域に受け継がれている豪商の発想で、生活文化に根差した資源を世界に打ち出し、地域ブランドを高め、広くヒト・モノ・カネの流入を図り、地域経済循環を強く太くすること、これが松阪市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所地域本部副本部長・鵜殿裕)
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