まちの羅針盤 vol.21 暮らしたくなるまちへ

川口市の地域経済循環(2015年)

埼玉県川口市

航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、江戸時代から鋳物や植木などの産業が発展、近年は住宅都市化が進む川口市について、データを読み解きながら、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。

東京と共に発展

川口市の鋳物産業は、大消費地となった江戸に日用品や農具を供給することで発展、明治時代の富国強兵策や戦後の高度成長もあり、同市は「鋳物の街」として全国的に名を知られるようになった。1970年代のオイルショック以降は、鋳物工場の移転や廃業が相次いだが、土地利用の転換を図り東京のベッドタウンとして成長、現在、15歳以上の就業者28万6千人の3分の1に当たる9万6千人が都内に通勤している(2015年国勢調査)。また、急激な人口流入に対応するため、域外資本を活用して、住環境の整備を進めてきた。

こうした川口市の特徴は、地域経済循環(2015年)にも現れており、「分配」段階で、ベッドタウンの特徴である雇用者所得の流入が生じている。その額も7千億円を超え、GRP(域内総生産)の5割以上の規模となっている。「支出」段階では、通勤先で消費することから民間消費は流出、また、地域の貿易収支等に当たる域際収支は、全体で大幅な赤字(所得流出)であるが、「汎用(はんよう)・生産用・業務用機械」と「鉄鋼」で1千億円近い純移輸出額を稼いでおり、工業都市の面影を残している。また、生活サービスの充実に域外資本を活用した結果、第3次産業では4千億円も所得が流出(移輸入超過)している。

川口市は、隣接する東京の膨張にのみ込まれるように成長、雇用者所得が大きく流入している。同時に、通勤先での消費に加え、域内で消費しても商品・サービスは移輸入に頼っており、結局は域外に所得が流出する経済構造だ。結果、川口市で働く従業者の平均雇用者所得は365万円(全国平均の4分の3)にとどまっている。

ローカルファーストの考えを

2020年国勢調査(速報値)によれば、川口市の人口増加数は1万6千人を超え全国第10位(東京都特別区=23区を除く)であり、今後も成長は続くと考える向きもある。ただ、そのほとんどが75歳以上(住民基本台帳ベースで9割)で、生産年齢人口は横ばい、若年層はむしろ減少している。全国的に少子高齢化が進む中、東京一極集中に伴う発展には限界があるのではないか。今後は、都心への時間距離など東京から見た利便性を誇るのではなく、川口市自らが〝ならでは〟の魅力や特徴を追求し、自立的な発展の土壌を育むことが重要となろう。例えば、川口駅前再開発では、ターミナルとしての効率性のみならず、建物の1階部分(グランドレベル)を改善する、歩行者優先を徹底するなど、住民中心の視点からの発想が求められる。

川口市第5次総合計画後期基本計画において〝地域の魅力と誇りを育むまち〟が目指す姿の一つに掲げられているが、各種施策の根底に、ローカルファーストの考え方を取り入れることで、自立的な発展へとつなげていくことができよう。地域経済循環が強く太くなり、所得水準の向上が可能となるからだ。

地域でできないことまで対応すべきではないが、「専門・科学技術、業務支援サービス業」などの高付加価値産業を見ても、移輸入超過ではあるが、市場規模自体は大きく、地域企業の育成余地があろう。また、高齢者の増加は内需の拡大であり、地域課題を解決するソーシャルビジネスの機会が広がっていることでもある。

重要なことは、ビジネスであれ公共事業であれ、巨額の域際赤字を改善しようと取り組むことであり、その過程でこそ、地域の魅力や特徴が磨き上げられ、人々が引き付けられるようになるのだ。

ローカルファーストの精神で地域ビジネスを創出し、積極的に選ばれる「暮らしたくなるまち」を目指すこと、これが川口市のまちの羅針盤である。

(株式会社日本経済研究所地域本部副本部長・鵜殿裕)

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