本物そっくりのミニチュアをつくる作家は国内外に数多くいる。実際に食べられるミニチュア料理というジャンルさえある。そんな中、独自の世界観を確立し国内外で注目されているのが、ミニチュア写真家・見立て作家の田中達也さんだ。身近にあるものを見立てた小さな世界はウイットに富み、見る者をクスリと笑わせる。
ないならあるもので代用する 遊びを通して培った想像力
ブロッコリーが大木に、エノキ茸がシェフの帽子に、ある時は付箋がヨガマットに、ある時はマスクがプールになって人形たちが気持ちよさそうに泳ぐ。田中達也さんが生み出すミニチュアの世界は、意表をつく見立てと、ユーモアにあふれた日常がなんともほほ笑ましく、今や日本だけではなく海外にも多くのファンを持つ。
ミニチュアやジオラマそのものは決して目新しいものではないが、田中さんの作品が多くの人を引きつけるのが「見立て」の面白さだ。そもそも見立ては、日本の伝統文化と密接で、歌舞伎や落語、茶道や日本庭園の枯山水など数々の文化、芸能に取り入れられてきた。日常の中でも卵を月に見立てた月見蕎麦(そば)があり、お盆にはナスやキュウリを牛や馬になぞらえて飾るなど、意外と多い。
そういう見立てに田中さんが着目したのは大学生の時だ。サークルの主将を務めるほど三味線に熱中し、「枯山水」という曲を通して見立てに興味を持つようになった。これに持ち前の手先の器用さ、独自の感性、培ってきた表現力が加わる。
「子どものころからものづくりが好きで、得意でもありました。プラモデルは社会人になってもつくっていましたね。ガンダムや戦車、水車小屋をはじめ昔の建物など、いろいろつくりましたが、スケール感を出したくて、鉄道模型の人形を脇に置いてプラモデル単体ではなく、空間を捉えるように工夫していました」
生い立ちも〝見立て力〟を養った。田中さんは双子の弟で、兄と同じものを求め、与えられもした。だが、常に量が二人分必要なため、種類は減る。最たるものがおもちゃで、限られた数でどう工夫して遊ぶかが求められ、自然と見立てをして遊ぶようになったという。
だが、ミニチュアはあくまで趣味だ。熊本県出身の田中さんは、鹿児島大学の教育学部を卒業後、同県の広告制作会社でデザイナーとして勤務していた。それもアートディレクターというポジションで責任もある。ではなぜ作家に? 転機はインスタグラムの作品投稿から始まった。
複数のわらじを脱いでやりたいことに全力を注ぐ
「2010年からインスタグラムを使い始めて、翌年、結婚式までの3カ月間、ミニチュア作品を毎日投稿しようと決めました。それが今も続いている『ミニチュアカレンダー』です。このフォロワー数が思っていた以上に伸びて、結婚式後もやめずに継続して現在に至ります」と笑う。初投稿から10年超、今も欠かさず投稿し続ける。「継続は力なり」を地でいく人だ。
だが、田中さんは人気インスタグラマーでは終わらない。さらなる転機が訪れたのが13年。投稿し続けた作品を写真集にまとめるべく、資金調達にCAMPFIREのクラウドファンディングを活用した。初めての挑戦ながら念願の写真集が完成すると、その写真集を見たNHKのディレクターから声が掛かった。そこからNHKの連続テレビ小説「ひよっこ」のタイトルバックに起用された。
「14年には子どもが生まれ、15年には本業以外のミニチュア関連の依頼が増えてきて、仕事、子育て、作品づくりを全てこなすのが難しくなってきました。独立しても生計の見通しが立つようになってきていたんです。でも12年間勤めた会社は居心地も良く、仕事も楽しい。辞めるのは無責任という思いもありました」
だが、田中さんの独立を会社サイドも応援してくれた。15年9月の独立後も、ビジネスパートナーとして良好な関係が続く。子どもと過ごす時間を十分に確保しつつ、作家活動に全力投球できるようになった田中さんは、展覧会を国内外で開催するほど注目され、ミニチュア写真家、見立て作家として個性を磨き上げていく。
目に見えないところも緻密に考え抜く
ユーモラスなのは作品だけではなく、タイトルにも〝ひねり〟がある。ポップコーンを入道雲になぞらえた作品は「はじけろ夏休み」、イクラを風船に見立てた作品は「風船はイクラでもありますよ」など、作品と掛け合わせる。
使用している人形にも工夫を凝らす。ドイツ製のジオラマ用の人形で、10年前は100体ぐらいだったというが、今では約5万体をそろえ、オリジナルの特注人形もある。動作や配置はもちろん、人種や性別のバランスも意識し、日本人の作品であることを認知してもらえるように、時折、ドラえもんやくまモン、人気のアニメキャラクターなどを登場させる。公表されてはいないが、人形同士の関係性や会話のやり取りなどの細かい設定もあるそうで、作品から話し声や歓声、ざわめきなどの「音」が聞こえるような気がするのも、こうした目に見えないところまでつくり込んでいるからこそといえそうだ。
田中さんは展覧会で国内外を飛び回ることも多いが、それを理由に作品投稿を休むことはない。アイデアのストックは現在、約1200個あるという。独り善がりにならないように、投稿前に子どもに見せて、そのときの反応や感想も素直に受け止める。
「季節感や年間のイベントを踏まえていますが、時期や世界情勢なども考慮しています。例えば、コロナ禍になってからは、意図的にマスクを使った作品を増やしていますね」と田中さん。
既存のファンを飽きさせず、新規ファンを増やすための絶ゆまぬ努力、世相も含めた工夫があっての完成度だ。そして持続力。17年から続く展覧会「MINIATURE LIFE展」は今年も全国を巡る。
「展覧会は、巡回できるように小回りの利く立て付けですが、いつかどこかで手の込んだ作品展を長期間開催してみたいです。また、見立ての建造物をつくって小人目線で楽しめるようなまちぐるみの作品をつくりたいという思いもあります。『ガリバー旅行記』でガリバーが小人の国から巨人の国に行きましたが、それを現実の世界で再現できたら面白そうです」
日々の作品づくりだけではなく、中長期のビジョンも、田中さんの頭の中ではすでに出来上がりつつあるようだ。
田中 達也(たなか・たつや)
ミニチュア写真家・見立て作家
1981年生まれ。大学卒業後、広告制作会社でデザイナーとして勤務。2011年、Instagramでミニチュア視点の見立てアート「MINIATURE CALENDAR」の投稿を始める。15年独立。17年NHK連続テレビ小説「ひよっこ」のタイトルバック、日本橋高島屋S.Cオープニングムービーを手掛け、20年ドバイ国際博覧会の日本館展示クリエーターとして参画。展覧会「MINIATURE LIFE 田中達也見立ての世界」を国内外で開催中。現在、Instagramのフォロワー数は340万人を超える(2022年1月現在)
写真・島崎智成
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