コロナ禍が3年目に突入したが、国内の感染拡大の収束はまだ予断を許さない状況にある。そのため日本の産業界も、業種や企業規模により回復度合いが異なる「K字型回復」の状況が続いている。コロナ禍により消費者の意識は変わってきている。中小企業が業績を回復させ、閉塞感を打破するための方策は何か。経済学者で新潟県立大学国際経済学部教授の中島厚志氏に話を聞いた。
中島 厚志(なかじま・あつし)
新潟県立大学国際経済学部教授
人流の少なさが景気回復の遅れにつながっている日本
─コロナ禍も3年目に入りますが、現在の日本の経済状況をどのように分析していますか。
中島厚志教授(以下、中島) この2年間で経済状況は回復してきていますが、回復度合いは欧米に比べて緩やかです。公開されているスマートフォンの位置履歴データから人の移動量を見ると、英国や米国では人の動きは回復していますが、日本は回復が鈍い(図1)。人の移動は消費との相関性が強く、米国は外出関連の消費が回復している一方で、日本は人流の少なさが景気回復の遅れに大きく影響していると見ています。
─海外の経済状況についてはどうでしょうか。
中島 米国は景気が回復してきており、これにはいくつか理由があります。一つは、コロナとの共生が日本より進んでいるということ。コロナ禍を深刻視する度合いが日本人に比べて低く、外出する頻度が高いため、消費があまり落ち込まない傾向にあります。そして、2021年にバイデン大統領が総額5兆ドル(約580兆円)という、日本のGDP並みのコロナ対策を行っており、これが非常に効いています。失業保険に加えて失業追加給付金まで支給しており、これにより消費が活発化し、景気浮揚と物価上昇に大きく影響しました。欧米全体では、ウィズコロナ政策が消費回復につながり、景気回復への期待感につながっています。
─世界経済の回復は日本経済にとって外需拡大につながり、プラスの効果がありますか。
中島 日本の強みである自動車や半導体関連の製造装置などは需要が大きく回復しています。ところが、問題は部品の供給制約です。ご存じのとおり海外からの半導体供給が滞っており、自動車は増産するどころか減産せざるを得ない状況になりました。そのため、需要はあるが生産ができない、輸出もできなくなってしまったのです。ただ、この部品供給制約は改善してきているので、今後は生産が回復し、日本の景気が外需あるいは工業生産の回復で支えられるようになってくると見ています。
IT投資が増えている米国と企業の収益力で大きな差が
─日本の産業は、コロナ禍で落ち込んだ業種と影響が少なかった業種の二極化が進んでいます。この「K字型回復」の状況をどう見ていますか。
中島 財務省の「法人企業統計調査」のデータを集計し、19年の平均値と直近の21年第3四半期を比較した業種別売上高の回復ぶりを見ると(図2)、売上高が19年より増えた業種がいくつかあります。赤い棒グラフがそれですが、この中で小売業が伸びています。これは、外出による消費が低調な一方、ネット通販による購買が増えているということで、今後もこの動きはさらに広がり、定着していくと思います。逆に、対面販売をしている小売業も、今後はネット通販に力を入れる必要があることを示唆していると思います。
─利益の面から見た各業種の状況はどうでしょうか。
中島 利益の面で見ると、売上高とは違う形になります(図3)。実は多くの業種が、利益は19年の水準を超えているのです。これは、経済活動が低調なために経費が抑えられているからという、あまり喜ばしい理由ではないのですが、コストが減った分、売り上げが下がっても収益は確保できているということです。
ただし宿泊業は、宿泊施設という建物の固定費はなくすことができないため、コストを減らすにも限界があります。宿泊業はコロナ禍が収束すれば急回復するのは間違いありませんが、今後はどのように固定費をカバーする展開をしていくかが問われています。
─他国における売上高や経常利益の変化はどうでしょうか。
中島 例えば米国は、製造業の売上高経常利益率が20年第1四半期に大きく落ち込みましたが、そこから1年後には急回復しています。一方の日本は横ばいで、米国と収益力で大きな差がついてしまっています。この背景には、米国はITを活用したさまざまなビジネスが展開され、収益力が高まっていることが挙げられます。IT投資が企業全体の投資に占める割合は、日本は横ばいですが欧米では増えています。日本は出遅れているわけですが、逆にいえば拡大の余地がある。今後は積極的にIT投資を拡大して、収益力を上げる必要があると思います。
人材や設備への投資が少なくイノベーション力が低い日本
─今後のウィズコロナ、ポストコロナを見据えた戦略では、日本企業の現状はどうでしょうか。
中島 今後を見据えた日本企業の戦略は一般的に遅れており、それは日米の株価の違いからも見て取れます(図4)。2010年を基点に日米の株価を企業収益の増減率と比較すると、日本の株価と企業収益の増減はほぼ一致しているのに、米国の株価は企業収益を大きく超えて上がっています。株価には企業の将来業績への期待が織り込まれており、米国企業は将来性が評価され、それが株価に反映されているのです。その観点で見ると、日本の株価には将来の期待がほぼ織り込まれていません。これは日本企業の戦略が見えない、将来のめぼしい成果も見えないと判断されていることになります。
─企業戦略を強く打ち出すためにはどうしたらいいのでしょうか。
中島 手堅い経営も大切ですが、ポストコロナに向けて、もっと大胆かつ夢のある企業戦略を打ち出し、それを強力に実現していく企業行動と、新たなものをつくり出すイノベーション力が必要です。日本企業はそのイノベーション力も低い傾向にあります。それは輸出入物価の推移を見ると分かります(図5)。日本は仕入れ値である輸入物価の上がり方が大きく、売り値である輸出物価はそれに追い付いていません。一方の米国は逆で、輸出物価の方が上がり方が大きい。なぜ日本の輸出物価が上がらないかというと、付加価値を上げる力が劣っているからです。付加価値を上げるのはイノベーション力で、それが日本企業は低いのです。
日本企業が取り組むべきイノベーションは幅広い
─なぜ日本企業のイノベーション力は低いのでしょうか。
中島 日本企業に知恵がないわけではありません。乏しいのは人と物への投資です。収益力が低いためにコストを抑制せざるを得ず、設備や人材投資を抑えている。人材投資では、日本企業は何十年も賃金が上がっていません。イノベーション力を上げるには設備投資や研究開発費も必要ですが、その利益に対する割合が米国企業に比べて低く、しかも下がり続けている(図6)。そのためイノベーション力が上がらないのです。
─そのような状況で、日本企業はイノベーション力を上げていくことができるのでしょうか。
中島 イノベーションとは何かというと、約100年前にオーストリアの経済学者のヨーゼフ・シュンペーターが、イノベーションとは新しいものを生産する、または既存のものを新しい方法で生産することと定義しています。これは技術革新だけでなく、組織の改革や新しい生産方式の導入といったことも含まれます。そのため、日本企業が取り組むべきイノベーションは幅広く、特別な技術が開発できなくても、イノベーションはできる。これが大きなポイントです。
─イノベーション力を上げるには、何に投資すべきでしょうか。
中島 イノベーション力を上げるための投資は、それほど難しくありません。設備投資であれば、新鋭設備や新しい方式の設備を入れたり、IT投資をしたりする。こういうことでも開発力や発展力につながる余地は十分あります。人材への投資も同じです。賃金を上げるだけで人材開発が進むわけではありませんが、有能な人材を獲得するだけでなく確保し続けるためには、やはりそれなりの賃金を払う必要があります。このような拡張性のある投資を人と物の両面で行っていくことが、生産性やイノベーション力の向上につながります。
─中小企業がこれからイノベーション力を上げるために、目標とすべきことはありますか。
中島 ニッチトップ企業が目指すべき一つの指標になります。ニッチトップ企業というのは、狭い分野での商品だけれども世界トップの競争力がある、あるいはその狭い分野に限っては世界一のシェアを持っている企業を指します。ニッチトップになるためには差別化戦略が必要になり、他社が追随できないような商品開発が必要になります。狭い分野の商品なので広がりは大きくありませんが、それをグローバル化することができれば、大きな成功につながります。
産学官との連携やIT投資で新たな商品開発を進めていく
─ニッチな分野での新たな展開が難しい業種の場合は、どうすべきでしょうか。
中島 コロナに限らず、今後起こり得る危機や時代の変化を考えると、特に宿泊業や飲食業のように、特定の事業や製品の収益だけに頼る「一本足打法」は厳しくなります。商品の中核は同じでも、それを多様な形で売ったり活用したりすることで、「一本足打法」から脱却し、企業が倒れにくくする形に持っていくことが必要です。併せて、製造業の産学官連携に見られるように、新たな技術、販路、製品などの広がりをほかの機関と連携して開拓することも、長期的には重要です。企業同士で連携するのが難しければ、大学や公的な機関、研究機関などと連携するのです。
─ここで、特に中小企業がすべきことはありますか。
中島 中小企業は柔軟な対応ができる強みがある一方で、資金力が限られているため、展開力に限界があります。そこで、国がリードして行うプロジェクトに参加したり、各地域に設置されている技術支援を行う公的な機関からアドバイスを受けたりして、展開力をつける方法もあります。自社のイノベーション力を強化するために専門家の知恵を借りることが、以前に比べて容易になっているので、ぜひこれを活用すべきです。
また、ITを活用するのも近道の一つです。最近ではITの活用が容易かつ低価格で行えるようになっていて、例えば小売業であれば、お客さまが店内でどの棚を見ているのか、どういう商品を手に取っているのかが、監視カメラ一つあれば分かります。そういった消費行動分析をすることで、販売力アップや新たな商品開発につなげていくことができます。
─ウィズコロナ、アフターコロナの時代、日本の産業にはどのような変化があるとお考えですか。
中島 ウィズコロナはコロナとの共存なので、非接触またはネットでの取引を拡充して巣ごもり需要に対応し、外出関連ではいかに安心安全を打ち出して消費者に向き合っていくかになります。大きな展開となるのはアフターコロナの時代です。人間は社会的動物なので、人と物理的に会うことが欠かせません。物理的な接触において安全安心を今まで以上に確保して、次の新たな展開や発展に進んでいくかが勝負になります。これが一点目です。
もう一点は技術革新です。グリーン経済(環境に優しい経済)やデジタル経済(ITにより生み出された経済)といった、次の時代の技術革新に向けた取り組みを戦略的に行っていく。この2点を行うことが重要になってきます。
次の時代の技術革新に向けた取り組みを戦略的に行う
─具体的には、どの業種が伸びると考えていますか。
中島 コロナ禍発生後の回復が大きい業種と厳しい業種に分かれていますが、需要が落ち込んでいる運送業などは、コロナ禍が収束すれば回復の幅が大きい。そのときのために、いかに新たなイノベーションを加えて展開力を増すか。ここに期待しています。また、警備業も伸びる業種です。この業種は人や物、財産を警備するわけで、それは安全安心の確保そのものです。安全安心はアフターコロナの重要な課題ですから、それに向けた技術革新ができれば、新たな成長産業となる可能性が高いです。これは飲食業や宿泊業も同様で、技術的進歩を踏まえた新たな接触型サービスを提案、提供できる事業者は、飛躍する可能性が高いと思います。
─最後に、今後の展開を見据えて、今はどのような姿勢で臨んでいくべきでしょうか。
中島 コロナ禍ばかりかロシアのウクライナ侵攻も発生し、資源の入手困難や価格上昇が起きています。しかし、これは発展に向けた新たな条件ともいえ、それをいかに踏み越えるかがイノベーションにつながります。安全安心を提供する、不足する資源の代替品を提供するなど、その新たな条件が何かは見えているわけですから、取り組みやすいはずです。今の状況ではまず生き残っていくことが大前提になりますが、その中でどのような改革を進め、それを実績につなげるかを真剣に考えていくことが次につながります。
(2月10日取材)
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