長引くコロナ禍は、職場の環境や人間関係にもさまざまな影響を及ぼしている。現在、テレワークや働き方改革などが進行しているが、集団から個への変換が会社組織の弱体化や社員の疎外感を招いている一面もある。ウィズコロナの時代、あらためて問われているのは、あなたの会社が逆境に強く、魅力的な職場であるかどうかだ。ワクワクする職場づくりを長年支援してきた、組織・人材コンサルタントの高橋克徳さんに、そのポイントを聞いた。
高橋 克徳 (たかはし・かつのり)
株式会社ジェイフィール 代表取締役/武蔵野大学経営学部 特任教授
コロナ禍で職場にも〝静かなる分断〟が進んでいる
─長引くコロナ禍で、職場環境の変化をどう分析していますか。
高橋克徳さん(以下、高橋) 私は、職場の状態を知る手立てとして、「組織感情診断」を行っています。職場にも感情があり、アンケートの回答から「イキイキ感情」「ギスギス感情」「温か感情」「冷え冷え感情」の四つに分類します。その診断結果をコロナ禍の前後で比較してみると、「イキイキ」「温か」に分類されるご機嫌な職場が少し増え、「ギスギス」「冷え冷え」の要注意職場や不機嫌な職場は少し減っているという結果になりました。
―コロナ禍以前より職場環境が良くなっているのですか。
高橋 結果ではそう見えますが、内容を細かく分析すると、人間関係にストレスの多かった職場が、テレワークで少し距離が生まれ、余計なストレスが減ったと考えられます。逆に、自ら主体的に仕事に取り組む意欲や、社員同士が支え合い、認め合うといった思いやりの感情も減っています。職場環境が良くなったというより、以前よりも少しましになったというところでしょう。
―一長一短ということですか。
高橋 上司からのプレッシャーが減り、自分の都合に合わせてコミュニケーションを取れば良くなったことで、ホッとしている人がいる半面、ほかの人の状況が見えずに孤立感を深め、閉じこもっていく人も増えていて、二極化が進んでいます。私はこの状況を「静かなる分断」と呼んでいます。
―コロナ禍だから起こった変化ですか。
高橋 コロナ禍以前にも、正社員と派遣社員、中堅と若手、男性と女性などの溝はありましたが、職場で一緒に仕事をすることで何となくやり過ごしてきました。しかし、コロナ禍以降は職場でのコミュニケーションが減って溝を埋める機会も減り、さらに分断が進行しています。
―その影響は今後どう表れてくるでしょうか。
高橋 コロナ禍で浮き彫りになった職場の問題点を改善していこう、対話の機会をつくろうと取り組み始めた会社もあります。しかし、問題に気付かず放置していると、個人も職場も活力が落ちていく可能性があります。
―コロナ禍で人間関係が希薄になっている今、〝ご機嫌な職場〟をつくっていくには?
高橋 どの職場にも感情はあり、それが社員の意識や行動に影響を及ぼしています。試しに組織感情診断を行って、会社がどんな状態にあるかを可視化するといいでしょう。もし、職場にイライラや不安、諦めといった感情がくすぶっていると、萎縮する人や批判的な人を生み出し、不機嫌な職場になってしまいます。逆に、社員が互いに認め合い、自信を持つ人が増えてくると、ご機嫌な職場になっていきます。
職場づくりは一人一人対話できる関係づくりから
―それには何から始めたらよいですか。
高橋 職場づくりには、関係革新・仕事革新・未来革新という三つのステップがあり、最初に取り組んでほしいのが関係革新です。職場づくりというと、まず仕事のやり方を見直そうとしがちですが、その前に職場の一人一人が互いのことをよく知り、受け入れて、対話ができる関係づくりから取り組むことが重要です。
―例えば、どんな取り組みがありますか。
高橋 私が研修でよく行っているのは、「私はこんな人ですよ」というキーワードを20個挙げてもらうワークです。出身地、趣味、好きな食べ物、学生時代にやっていたことなどを書いてもらい、3~4人1組でその内容を基に話すというものです。最近は、他人にあまり踏み込んではいけない空気やコンプライアンスの影響もあり、人に突っ込んだことを聞かないし、自分のこともあまり話しません。キーワードを手掛かりに話をするうち、共通点が見つかって心理的な距離が一気に縮まります。
―このワークは新入社員にも使えそうです。
高橋 コロナ禍では大学の授業もオンライン化されて、満足にコミュニケーションが取れない状況にありました。新入社員は、そんな寂しさや不安を感じながら社会に出たので、会社はまず「あなたを受け入れている」「もっと知りたい」というスタンスを伝えることが大事です。こうしたワークを活用して話す機会をつくり、互いの距離を縮めるきっかけにするといいでしょう。
―コロナ禍で対面や集団での新人教育が難しい中、新人に早く力を発揮してもらうには?
高橋 関係革新の仕掛けとしてお勧めのコーチングの手法があります。例えば、新人に今、困っていることを聞いて、その答えに対して「それをどうしたいの?」「あなたなら何ができそう?」と順番に問いかけていきます。新人は問いかけに答えるうちに頭の中が整理されて考えがまとまり、解決方法を見いだしていきます。これは部門の垣根を越えて行うのがポイント。困ったときは職場の誰に頼ってもいいし、サポートしてもらえるという空気をつくると、新人は見る見る成長していきます。
「仕事は大変だが面白い」と思える仕組みをつくる
―二つ目の仕事革新とはどのようなものですか。
高橋 単に働き方を変えるのではなく、働く喜びを取り戻すことが目的です。目の前にある仕事をひたすらこなすような働き方を続けていると、何のために仕事をするのか分からなくなり、働く喜びも感じられなくなって、仕事への思いも意欲も失っていきます。そんな状態から抜け出して、「仕事は大変だけど面白い」と思えるようにしていきます。
―そのためには何から始めるとよいでしょうか。
高橋 大上段に構える必要はありません。朝会や夕会などを利用して、互いの仕事の状況や課題を確認する機会をつくってみましょう。あるいは、働き方ノウハウを皆で持ち寄ったり、部門横断的な勉強会を開催したりしてもいい。互いの状況を共有して、仕事で困ったことがあれば誰かに相談できる、自分一人で抱え込まなくていいと思えるような仕組みをつくることがポイントです。
―テレワークなどで直接顔を合わせる機会が減っている場合は?
高橋 オンラインを活用して、同様の取り組みをすることができます。例えば、1日1時間だけ社員が同じサイトにアクセスして、共同作業をするという事例をよく見掛けます。基本的に画面上で顔を見ながら仕事をしますが、画面を消して声だけ参加するのも自由。こうして短くてもつながる時間を設けておくと、互いの状況が把握できます。また、会議やミーティングはリアルで行うよりも、オンラインの方が率直な意見やよいアイデアが出やすく、結論も導きやすくなるようです。
―ほかにもオンライン活用のメリットはありますか。
高橋 テレワークや自宅時間の増加に伴って、自発的にオンラインセミナーや勉強会に参加する人が増えています。その内容を職場の人にシェアしたり、共有したりすることで、学びの輪を広げている会社もあります。
―こうした取り組みを仕事の意欲につなげるには?
高橋 フィードバックがポイントです。職場では意外に「ありがとう」「助かったよ」「このやり方はいいね」といった言葉を伝えていないものです。頑張っている人がいたら、称賛し感謝することで意欲は高まる。そんな相互フィードバックの仕組みをつくることは、次のステップである未来革新に取り組む上でも不可欠です。
長く働ける職場づくりは上司に発想の転換が必要
―仕事への意欲を低下させる要因にハラスメントの問題がありますが、どのように捉えていますか。
高橋 職場のさまざまなハラスメントの実態に関しては、アンケートを行って分析したことがあります。結論から言うと、上司の在り方に問題があるケースが多い。例えば、日本の会社では女性社員は同じ部門に長く在籍し、管理職は異動していく傾向があります。女性社員の方が仕事を熟知しているのに、後から来た管理職が自分のやり方を押し付けようとすると、「それはちょっと違うのでは?」と反発されたり、不信感を持たれやすくなったりします。
―それは、職場によくある分断の一つかもしれません。
高橋 女性に限りませんが、上司が自分を良く見てくれていない、話をきちんと聞いてくれない、頑張りに気付いてもらえないと感じていることもよくあります。上司にそのつもりはなくても、部下は疎外感を覚え、パワハラやモラハラと捉えられてしまうことがあります。逆に、なれなれしい態度で接すればセクハラと捉えられる場合もあります。
―ハラスメントは相手の感じ方なので難しいです。
高橋 管理職を対象とした研修でよく例に出すのですが、「奥さんに怒られることはありますか」と聞くと、ほとんどの人が「ある」と答えます。そんな私も、家で妻から話しかけられ、「ふーん」「そんなこともあるんじゃない」「こうすればいいんだよ」みたいな返事をしていたら、あるとき突然キレられたことがありました(笑)。
―その理由は?
高橋 真摯(しんし)に相手と向き合い、寄り添う姿勢が見えないから。同じことが会社でも起きています。こうした何気ない言動や態度はコミュニケーション不足につながりやすい。これは男女間だけではなく、世代間でも起こりやすくなっています。
―特に若い世代はハラスメントに敏感です。
高橋 若い世代は自己肯定感が低い傾向にあるので、上司からすればただ指示や指導したつもりが、「また責められた」「ダメ出しされた」と否定的に捉えられる場合があります。これは受け取る側にも問題があるのですが、育ってきた環境の違いは大きい。そうしたギャップがあることを常に念頭に置いて接することが大切です。
人が集まる会社になるために求められる三つのこと
―高橋さん自身、近年の中小企業経営者の状況をどう見ていますか。
高橋 コロナ禍で働き方に変化が起こり、社員のことが見えなくなっている人が増えていると感じます。自分の言ったことが社員に響かない、反応がないと不安になってよく相談に来られます。
―従来のマネジメントではうまくいかなくなっているのですか。
高橋 今までのように、社長のひと声で社員が動いてくれるわけではありません。社員一人一人が自分の意思を持ち始めて、会社に対するコミット感にもばらつきがあり、仕事への意欲や働き方に違いが出てきています。つまり、社員も多様化しているわけです。だからこそ、その力が新しいことに乗り出す原動力になるのですが、多様化した社員を一つの方向に向ける方法が分からないという経営者は少なくありません。
―経営者はどう変わっていく必要がありますか。
高橋 社員と同様、求められるリーダー像も多様化しています。かつてリーダーシップは、先頭に立って皆を引っ張っていくことと位置付けられてきました。しかし、引っ張っていくリーダーもいれば、支えていくリーダーもいます。リーダーが自分らしさを出して社員に影響力を及ぼすスキルを「オーセンティック・リーダーシップ」といいますが、今の時代、社長自身の在り方、そこから発する言動や行動が社員から信用され、尊敬されることで、真のリーダーシップが発揮できると考えます。
―自分らしさを出すと社員はまとまりますか。
高橋 やはり前提として、社長の言動や行動が社員に寄り添っていることが重要です。社内の多様な意見にも耳を傾ける、困ったときには一緒に解決しようという姿勢で臨むことで信頼関係が築かれます。すると社長の方針の下に皆がまとまっていきます。
―トップダウン型のリーダーシップとは違います。
高橋 トップダウンを否定はしませんが、ボトムアップも必要です。ある会社の社長の話ですが、会議でさまざまな意見が出ても、「違うな」と感じると「こうした方がいいんだよ」と言っていた。最後に判断を下すのは自分と思っていたのです。するとある日、社員から「社長は会議に出ないでください」と突き付けられたそうです。この経験から、自分が決めるべきことと、社員に頑張ってもらうことをうまく切り分けないと、人は育たないし、会社もうまく回らないことに気付いたと言っていました。
―人材が集まる会社になるには何に留意するといいですか。
高橋 働く人にとって良い会社というのは、そこで働くことに意味を感じられる会社です。この会社にいると、いい仕事ができる、いい仲間がいる、ワクワクできるといった要素がなければ人は集まらないし、定着もしないでしょう。
―最後に、中小企業でも今後100年続く会社にしていくためにアドバイスをお願いします。
高橋 まず、ここはどんな場所で、何のために働くのかを会社が示し続ける、そんな経営をしているかが問われるでしょう。二つ目は、職場の感情を大事にしているか。社員が何を感じ、考えているのかを話せる関係性が築かれているかどうか。さらに、多様化の時代にさまざまな可能性を探求する姿勢があるか。この三つに取り組まなければ、今後起こり得る変化には対応できません。変化を前向きに受け止めながら、皆で乗り越えていこうとする、そんな土台のある会社になれば、おのずと続いていくのではないでしょうか。
最新号を紙面で読める!