逆境こそ新たなビジネスのチャンスでもある。小さな企業でも主業務(OEMや下請け業務)を怠らず、そこで培ってきた技術と人材、ネットワークを生かして新たな自社製品のブランド化にも果敢に挑む。いわば〝二刀流〟で大きな相乗効果を生み、新たな販路を開拓して業績を伸ばしている地域企業の取り組みを追う。
従来の自社製品と新ブランドで使い手のことを考えたものづくり
新潟県中央部にある燕三条エリアの燕市で、杉山金属はキッチンウエアの快適商品やアイデア商品の開発・製造のほか、金属加工の技術を生かしたOEMも行っている。同社は2017年に「燕三条キッチン研究所」を立ち上げ、食パン1枚でホットサンドがつくれる「ホットサンドソロ」を19年10月に発売すると、これが大ヒット商品に。その後も、隠れたニーズを掘り起こす新たなアイデア商品を生み出している。
震災後の円高をきっかけに自社商品開発にシフト
今年で創業80年を迎える杉山金属は、主にキッチンウエアを製造するメーカーである。燕三条エリアは古くから「ものづくりのまち」「金物のまち」として知られ、同社も金属の平板をプレス加工して鍋やフライパンなどを製造するところからスタートした。
「そこから、アルミのダイキャスト(金型鋳造法の一つ)やテフロン塗装、溶接など、さまざまな工程を自社でできるようにして仕事の幅を広げていきました。規模は小さいですが、今では自社で製品を企画開発して、製造販売を行うメーカーとなっています。また、大手家電メーカーのOEMも一部行っています」と、同社四代目で社長の杉山正隆さんは言う。杉山さんの父親である先代社長が工夫を凝らした製品を開発・製造するようになり、その血を杉山さんも受け継いだ。
同社の自社開発が加速化したのは、東日本大震災後に1ドルが80円を切る円高になった際、海外から安い商品が大量に入ってきて国産品を圧倒したころからだった。
「鍋やフライパンのようなものを一緒に並べたら、勝負になりません。それがきっかけで自社開発の方向に進んでいき、海外の業者がつくらないような製品を拡充していきました。開発する製品は多岐にわたりますが、基本的にはこういう製品をつくったら売れるだろうなというものを、私が考えてつくっています」
製品開発のアイデアについて語るときに杉山さんがよく例えるのが、なぜ鍋やフライパンは丸いのかという話で、これは、丸いほうがつくりやすいという理由が大きいからだという。丸い形には利点もあるが、多くの製品はつくり手がつくりやすいものになっている。そこで杉山さんは、たとえつくるのが難しくても、使い手が使いやすいものをつくっていくよう心掛けているという。
不便を解決するのが製品開発のエッセンス
例えばパスタをゆでる鍋は一般的には大きく、鍋いっぱいに水を入れて湯を沸かす必要がある。しかし、麺の長さに合わせた長方形の鍋であれば、麺を寝かせてゆでられるため、水の量が少なくて済む。さらに、焼きそばのカップ麺のような穴の空いたフタをつければ、湯切りも簡単にでき、麺を鍋に入れたままソースとあえることもできる。つまり一つの鍋で手早くパスタがつくれるようになる。
「こういったことは、料理が上手で大きい鍋でゆでることに不便を感じない人では思いつきにくい。私は料理はそれほど得意ではないものの、結構器用に物事をこなしてしまうので不便を感じない方なんです。でも、不便を解決するのが製品開発のエッセンスだと思っているので、今はあえて料理をしないようにしています。そうやって、今までに100点以上開発してきました」と杉山さんは笑顔を見せる。
そのようにして開発したものは、自社製品として販売している。特にブランド名はないが、箱の裏や説明書に「杉山金属」の名前を入れて、自社の製品であることをアピールしている。中には大きなヒット商品となり、雑誌で取り上げられた製品も数多くある。
「私は社員たちによく言うんです。例えばミュージシャンがライブで演奏すると、観客は声援を送ったり拍手をしたりして喜んでくれる。私たちがつくった製品も、お客さんのところで喜ばれている。その姿を見ることはできないし、喜ばれ方も違うけれど、自分たちはミュージシャンと同じことをやっているのだと。それをものづくりのモチベーションにしていきたいと思っています」
食パン1枚でホットサンドづくりには外部を入れて成功
そして2017年、同社は新しいキッチン用品のブランドを始めるため、地元・新潟県出身のクリエーターたちとチームを組んで「燕三条キッチン研究所」を立ち上げ、新たな製品開発に取り組んでいった。メンバーは同社から杉山さんを含む2人のほか、ブランドプロデューサーやプロダクトデザイナー、グラフィックデザイナー、コピーライターの計8人で、このチームが開発する製品のブランド名を「4w1h」(ヨンダブリューイチエイチ)とした。これは、英語の「5W1H」から「Where」(=キッチン)を除いたもので、「いつ、だれが、なにを、なぜ、どのように」のキーワードからキッチンツールを再編集していくという、ブランドのコンセプトを表している。
「杉山金属の自社製品は流通を通して販売しているため、価格決定権がなく、デフレの中で安い値段で売られるようになっていました。このままでは先がないと感じ、より価格決定力のある製品を出していかなければと思ったんです。それには訴求力のあるブランドが必要で、しかも流通を通さない販売をしていくことを考えていました」と杉山さんは語る。
燕三条キッチン研究所が立ち上がると、メンバーたちで月1回の打ち合わせを行った。ブランドのコンセプトが固まると、製品のアイデア出し、検討、デザイン、試作、改良を繰り返していった。そうして19年10月に、4w1h初の製品となる「ホットサンドソロ」「コンパクトフライヤー」「ひし形フライパン」が発売された。販売は流通を通さず、オンラインショップと直接取引できる実店舗のみとした。
「このうちのホットサンドソロは、普通ならホットサンドをつくるのにパン2枚が必要なところを、1枚でつくれるようにした製品です。これは、メンバーの一人が、パン2枚だと子どもが食べ切れないと言ったことで決まりました」
4w1hの製品が自社のアピールポイントに
発売から半年ほどはあまり売れなかったが、20年4月、あるユーザーがSNSでホットサンドソロの良さを写真付きでアップしたことから話題となる。雑誌に取り上げられると、それがきっかけで飛ぶように売れていき、あっという間に完売した。そして、その年の10月には、グッドデザイン賞を受賞している。
「今は数カ月に一回の販売をしていますが、予約販売の開始から数十分で完売してしまうほどです。工場ではほかの自社製品もつくらなくてはいけないので、生産が追いつかない状況です」
4w1hではその後も新たな製品の開発を続け、今では全部で7製品が販売されている。売り上げも同社全体の10~15%を占めるほどにまで成長し、同社にとって4w1hの製品は自社のPRポイントにもなっている。
「4w1hの製品を見て、杉山金属の製品を扱いたいという問い合わせも来ています。4w1hは始めて間もないので、まだ見えていないメリットもデメリットもあると思っています。一方で杉山金属の製品は、問屋や商社を通じての販売なので、拡販力や周知する力が大きい。それぞれ一長一短があり、社会情勢が大きく変わっている中で、どちらに力を入れるか、どちらの方向に進んでいくかが選べるという、一つの武器を得ることができたと思っています」と杉山さんは力強く語る。
長年にわたり開発・製造を続けてきた自社製品と、外部スタッフの協力を得て立ち上げた新ブランドの二刀流で、同社はこれからも、使う人のことを考えた製品を開発し続けていく。
会社データ
社名:杉山金属株式会社(すぎやまきんぞく)
所在地:新潟県燕市小池3633-10
電話:0256-63-8125
代表者:杉山正隆 代表取締役社長
従業員:約46人
【燕商工会議所】
※月刊石垣2022年5月号に掲載された記事です。
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