逆境こそ新たなビジネスのチャンスでもある。小さな企業でも主業務(OEMや下請け業務)を怠らず、そこで培ってきた技術と人材、ネットワークを生かして新たな自社製品のブランド化にも果敢に挑む。いわば〝二刀流〟で大きな相乗効果を生み、新たな販路を開拓して業績を伸ばしている地域企業の取り組みを追う。
"小屋"というニッチな事業が注目されその相乗効果で本業の業績もアップ
岡山県岡山市に本社を置く植田板金店は、建築板金工事業者として、建物の屋根や外壁、雨どい、遮熱、リフォームなどの工事を手掛けている。大手住宅メーカーからの下請け工事を基本業務としているが、2017年に自社ブランド「小屋やさん」を立ち上げ、小屋の注文販売を開始。世界的な建築家・隈研吾氏とコラボした小屋を発売するなど注目を集め、本業の屋根・外壁・遮熱工事の直接受注にも好影響を与えている。
たまたま見た雑誌の特集が新たな事業のきっかけに
1976年に創業した植田板金店は、住宅メーカーの下請け業者として、新築住宅の工事やリフォーム、屋根の葺き替えなどを行ってきた。2010年に植田博幸さんが社長を継いでからは毎年増収で、業績を伸ばしている。それに伴い、従業員も増えていったが、屋根や外壁の工事は梅雨や台風などで雨が降ると仕事ができず、また、閑散期もある。その対策を考える必要があったと植田さんは言う。
「うちの従業員は4割ほどが職人で若い人が多い。そこで職人育成の一環として、小さな家の模型をつくってさまざまな屋根材の練習をさせようと思っていました。技術向上を目指すことはもちろん、競わせることでいずれはボーナスや昇給にも反映させることも考えていました。そんなときに、私が美容院でたまたま読んだ雑誌に小屋特集があって、これはいいなと思ったんです」
練習用の模型を使って屋根を施工した場合は、剥がして処分するしかないが、小屋をつくって販売すれば、たとえ利益がゼロでも損はしない。しかも、小屋をつくる作業は全部自社で行っていることなので、職人たちの練習にもなり、閑散期の仕事量も確保できる。そこで、試作品として1棟つくり、17年2月、地元で開催されたリフォームのイベントに出展した。
「プロバンス風でかわいらしい感じの小屋を出したら、会場でうちのブースだけがすごい人だかりになりました。特に女性や子どもが多かったです。『いくらならこの小屋を買いますか?』というアンケートをとったら、200万円や300万円という回答が多く、想定よりも高い金額だったので、これはいけると思いました」
また、別のイベントでのアンケートでは、8割もの人が「小屋を置く場所がある」と回答。植田さんはさらに自信を深めた。
世界的建築家とのコラボでグッドデザイン賞を受賞
それからすぐに、さまざまなデザインの小屋20棟をつくり、同じ年の6月に「小屋やさん」のブランド名で、展示場「小屋の森」を岡山市内にオープンした。植田さんが雑誌の小屋特集を見てからちょうど1年後のことだった。小屋は床面積を10㎡(6畳)以下に統一、設置の際基本的に建築確認申請が不要な大きさだ。価格は平均200万円ほどで、さまざまなオプションやカスタマイズも可能。工場で作成した小屋を専用トラックで運んで設置する。
「小屋といっても普通の住宅と同じクオリティーで、サッシはペアガラス、屋根や壁には住宅で使われるものと同じ断熱材が入っています。小屋と呼んでいますが、ほとんど家です。住宅で6畳の増築をすると、安い工務店でも400万円くらいかかりますが、うちの小屋はそれに比べてずっと安くて済みます」と植田さんは自信を持って語る。
展示場のオープンイベントは多くの来場客でにぎわい、メディアでも取り上げられて話題となった。さらに、その年の12月には、以前からアプローチしていた建築家・隈研吾氏の事務所と小屋のコラボレーションに関する契約を結んだ。
「こちらから一方的に隈さんにアプローチしていたのですが、事務所に一度おいでよと言っていただき、そこで小屋のデザインをお願いしました。うちは中小企業でそんなにお金は出せないし、6畳の小さい小屋ですけれど、やっていただけませんかと。そうしたら興味を持ってくれたんです」
そして、翌18年6月に隈氏デザインによる「小屋のワ」を発売し、それがその年のグッドデザイン賞を受賞した。すでに第2弾も進行しており、6月には発表される予定となっている。
別の業務もブランド化し相乗効果を狙う
「小屋やさん」の小屋は、販売を開始してから4年半ほどがたった今年2月までに、257棟を販売。今期の売り上げは1億4300万円にも上っている。その販売先は、意外にもビジネス関連が多い。
「特に女性が起業するのに購入されるケースが多く、例えば雑貨販売やネイル、エステサロンなどです。コロナ禍になってからは、カフェやスイーツのテイクアウトの店ですね。また、テレワークの普及で、小屋を仕事部屋にするケースもあります」と植田さんは言う。
小屋の販売で大きく収益を上げたわけではないが、「小屋やさん」が注目を集めたことにより、同社の事業全体にも波及効果が出ている。勢いがある企業と取り引きしたいと思う業者は多いからだ。さらに今年3月1日には、「小屋やさん」に続いて別の業務でも新たなブランドを立ち上げた。
「もともとの業務である屋根工事と遮熱工事に、それぞれ『屋根やさん』と『遮熱やさん』というブランド名を付けてPRを始めました。ネーミングとロゴを統一することで、『小屋やさん』の会社って屋根とか遮熱もやっているんだと知ってもらえたらと思っています。遮熱事業はすでに大きな工事を受注していて、これからの伸びが期待できます。小屋というニッチなものだったから注目を集めることができ、それが別の業務にもいい影響を与えてくれました。本業の下請けはもちろん、今後はBtoCにもさらに力を入れていきます」と語る植田さんの表情は明るい。
「小屋やさん」の成功が本業の業績アップにもつながっていく。自主ブランドが相乗効果を生んだ好例といえるだろう。
会社データ
社名:株式会社植田板金店(うえだばんきんてん)
所在地:岡山県岡山市中区藤崎673
電話:086-276-3686
代表者:植田博幸 代表取締役
従業員:62人
【岡山商工会議所】
※月刊石垣2022年5月号に掲載された記事です。
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