「あんなに驚いたことはない」と経済官庁の幹部は苦笑いを浮かべた。この組織では記者クラブに常駐するメディア向けに毎年、勉強会を開いている。短期間で異動する記者が多く、基礎知識を持ってもらった方が、取材を受ける側も効率的だと考えたからだ。メディアとの友好関係維持のため、さらに、記者クラブの要望に沿う形で、課長クラスがレクチャーするテーマ別の勉強会を設置することにした。ところが「どんなテーマがいいか」と事前に質問したところ、全社が無回答だったというのだ。その後、官庁側が独自に準備した勉強会は好評だったようだ。
▼話を聞いてがくぜんとした。「何を取材したいか」という具体的な意欲がなければ、記者の存在意義もなくなる。会見で全く質問せずに、パソコンに打ち込むだけの記者が増えたのと同じではないか。問題意識がないから、知識を増やす努力が不十分で、取材テーマも思い付かない。政策立案であれ、社会的な事件であれ、目の前の事象を追いかけるだけで精いっぱいになってしまう。「新聞は社会の木鐸(ぼくたく)」の表現は影響力の低下から時代遅れと指摘されるが、問題点を発信する能力も失いかけていると感じる。
▼ウクライナに軍事侵攻したロシアだけでなく、報道規制をしている国は多い。国境なき記者団による報道の自由度ランキングでは、日本は下位になっているが、実際には相当の自由度がある。にもかかわらず、真実に迫る基本的な努力を怠り、思い込みや角度をつけた考え方に基づく報道が増えている。新聞の主要購読者層である団塊の世代が離れていく前に、メディア全体への信頼感が一段と低下しないか懸念する次第である。 (時事総合研究所客員研究員・中村恒夫)
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