人材なくしては、企業も地域の発展も望めない。とはいえ、ここ数年来のコロナ禍により業績も落ち込み、優秀な人材の確保が一層難しいという声も聞く。しかし、苦境だからこそ人材を雇用し育成することが、業績の向上だけではなく地域の未来も担うことにつながる。100年後の会社も地域も任せられる〝人財開発〟の育成に取り組む企業に迫った。
新卒もパートも着実にスキルアップ 独自の育成システムでブランド力を磨く
北海道旭川市に本拠を置く三景スタジオは、道内主要都市と東京にあわせてフォトスタジオ12店舗と情報発信の2オフィスを構える。創業84年で培った信頼と先進技術を融合させ、高品質な写真と空間演出でコロナ禍でも業績は右肩上がりだ。新卒を毎年10人前後採用し、パートや中途採用も多い。全従業員の70%が女性で、女性活躍企業としても注目され、人材確保、育成の好循環が生まれている。
モノを売るビジネスから「空間提供」するビジネスへ
修学旅行へのカメラマンの同行は今も昔も多い。1941年、大西写真館として開業した三景スタジオもまた、学校写真や観光写真を中心に事業を展開していた。その後、結婚式ブームでホテルウエディングが人気を博すと、地元のターミナルホテルから声が掛かり、ブライダル写真も手掛けるようになっていく。だが、学校、観光、結婚、どれも薄利多売の自転車操業だったため、スタジオ撮影に軸足を移し、注力したのが「お食い初め」時の百日記念写真だった。
「子ども写真というスタイルは当時からありましたが、金太郎や桃太郎などの衣装を用意して、お手頃価格で撮影できるスタイルはうちが草分けです。99年に子会社として『子供写真館』を設立し、写真工房ぱれっとを旭川、帯広、函館に次々出店し、お客さまに喜ばれると同時に売り上げも伸びていきました。しかし、全国展開できるほど資本がなく、その後全国展開する大手スタジオが現れて悔しい思いをしましたね」
そう語るのは現会長を務める大西邦弘さんだ。現社長の康弘さんは先代、父の邦弘さんから2019年に社長業を引き継いだが、自身もプロカメラマンとして東京で数々の雑誌広告の撮影を担当してきた実績を持つ。04年、専務取締役だった時には、東京で培った先進技術と持ち前のビジネスセンスで、従来の記念写真の常識を覆す新ブランド「エイム」を立ち上げ、三景スタジオの業態に改革を起こした。
「写真を誰もが手軽に撮れる時代になりつつありました。私が入社した時は、売り上げは伸びていたものの財務状況に課題がいくつもあり、モノを売るビジネスモデルからコト、そして空間を提供するモデルに転換するべく、新基軸としてエイムを立ち上げました。エイムは狙う、射抜くといった意味の動詞で、地元に定着している三景スタジオのイメージとは違う、よりファッションとビューティーを追求したいニッチな層に向けたブランドとして創出しました」
〝まちの写真屋さん〟から、空間創造の会社として、大西さんは同社の未来像を描いた。
プロとプロを掛け合わせてチームで顧客満足度を上げる
エイムは地元、旭川ではなく北海道のファッション、カルチャーの中心地、札幌を基点に展開した。
「studio aim」を04年9月にオープンさせ、それまでは外注だったヘアメークをはじめ、スタイリスト、デザイナー、ディレクターなどの専門スタッフを内製化して、チームが一丸となってエイムの世界観をつくり上げることに注力する。当時はまだフィルム撮影が主流だったが、いち早くデジタル撮影に切り替えて、圧倒的な技術力とクオリティー、今までにないシチュエーションの提案でファンを獲得していった。「写真を撮ってもらうならエイムで」という流れを生み出し、ウエディングや成人記念フォトに新風を巻き起こす。
「既存ブランドの写真工房ぱれっととブランドを分けて展開することでターゲット層のすみ分けができ、多様な顧客のニーズに対応しながら顧客層の幅を広げることができました」と大西さん。今では五つのブランドを有し、全12店舗のうち2店舗は東京の原宿にあることからも実力の高さをうかがい知ることができる。
複数のブランドのすみ分け、他のフォトスタジオと一線を画したクオリティーの維持・成長には人材育成が欠かせない。大西さんは優秀なプロフェッショナルを結集させただけではなく、ブランドを理解し、世界観を創造できる人材育成に苦心した。また、個々の力量にムラがあってはブランド価値が安定しない。ブランディング強化のためにも、個々のスキルアップとチーム力向上が図られていった。
チームワーク向上のため個の〝らしさ〟を大切にする
「先代の夢だった年間売り上げ10億円は5年前に達成しました。しかし、ビジネス戦略をロジカルに進めて伸ばす次のフェーズとして、新体制の必要性を感じていました。そこで研修コンサルタントを入れて、真のプロを育成する独自の教育システムをつくっていきました」
ヘアメークやデザイナー、カメラマンなどの技術職も入社して数カ月~半年間はコンタクトセンターや店舗巡りをして各ブランドごとの違いを知るために直接接客する機会を設けた。職種別に社内テストも作成し、テストを受けながら実務経験を積むことでスキルアップを図る。
また、4年前から月に一度の「振り返りミーティング」、2年前から入社時に「持ち味セッション」を実施。前者は部署や店舗ごとに開催し、内省と他のメンバーからの意見を通して、1カ月間の自分自身についた実力を確定する。後者は、自分の人生経験を語ることで〝らしさ〟を共有し、仕事のやりとりだけでは見えてこないメンバーの人間性をシェアすることで、個性を尊重するチームを育んでいく。
「テストも合格がゴールではなく、ついた実力を定着させることが大切です。半期に一度の評価制度も実施していますが、個人の夢と会社の方向性の接点を見つけ、一人一人の努力目標や将来像を明確にし、それをその都度修正しながら進めています」
女性客のニーズにきめ細かに応えようと心掛けた結果、次第に女性スタッフが増え、全従業員の70%、全役付者の80%を占めるまでになる。産休、育休の体制を整え、パートから正社員になる門戸も開いた。プロとプロ、個性と個性を掛け合わせ、働き方を柔軟にしたことで、想定外を楽しむ度量が社内に生まれ、新サービス、新プランもボトムアップで生まれていった。エイムが提案するソロウエディングプランもその一つだ。2018年にリリースすると、結婚の予定はないがウエディングドレスは着てみたいという女性の心をつかみ、1年で200人もの予約が入った。この大ヒットに国内メディアだけではなくニューヨークタイムスやBBCなど7カ国の海外メディアからも取材が殺到。今では20~30代を中心に幅広い世代に支持される新たなカルチャーとして、ソロウエディングが浸透するまでになっている。
従業員の夢と会社の方向性の接点を見いだして投資
「年々、入社希望者が増え、高校や大学、専門学校など広く人材を採用できるようになりました。毎年10人前後は定期採用できています」と大西さんは話すが、表情は明るくない。というのも、希望者が増えても「やりたい」という熱量と「できる」スキルとの溝は大きく、理想と現実のギャップや、すぐに結果を出せないジレンマに苛まれるなど、若年層ほど離職率は高止まりしていたという。そこで21年より導入したのが新卒や中途採用のカメラマンを対象にした独自の育成プログラム「三景CAMP」だ。リーダー一人を加えた5人1組で、1店舗の1スタジオを貸し切って研修を行い、社内テストの合格を目指す。その間、研修費や遠方の指定店舗から来るスタッフの滞在費などは全て会社が負担する。研修場所に指定された店舗はその間、一部営業はできなくなり負担は重いけれど、売り上げよりも人材への〝投資〟にかけたプロジェクトだ。だが、修正・改善力は高く、早いのも同社の持ち味だ。
「それまで3、4カ月かけた研修でしたが、このCAMPにより1カ月に短縮することができました。人材育成は時間もお金もかかりますが、人を育てることで会社が大きくなります。毎年、試行錯誤しながら内容や仕組みをアップデートしています」と大西さんは語る。
人材育成だけではなく、コロナ禍のピンチを逆手にとり、20年からオンラインを積極的に活用しては、スタジオツアーや衣装ツアー動画をアップしたり、ビデオ通話で気軽に質問できるようにしたりと、スタジオ特有の高い敷居を下げることに努めた。店舗のない地域の認知度アップと顧客拡大につなげ、結果的に売り上げは19年に11億6000万円、20年は12億5000万円、21年は14億7000万円とコロナ禍どこ吹く風の右肩上がりだ。こうした先進的な取り組みが評価され、21年「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に選定され、人材育成、新しい価値の創出にも力が入る。
「会社と従業員の関係性を対等にすることで、企画から集客、美容、撮影、デザイン、商品開発を自社で完結できる一気通貫の体制になっているのが三景スタジオの強みです。『見たことのない景色をみんなで観る』を会社の目標像として、個性を生かして、お客さま一人一人に喜びと感動を与える、空間創造会社として成長し続けていきたいです」
さらに店舗数も増やしていきたいと、大西さんは快活に語った。
会社データ
社名:有限会社三景スタジオ(さんけいすたじお)
所在地:北海道旭川市2条通り20-641-1
電話:0166-31-7756
HP:https://www.sankeistudio.co.jp/
代表者:大西康弘 代表取締役社長
従業員:190人
【旭川商工会議所】
※月刊石垣2022年6月号に掲載された記事です。
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