1973年8月30日、阪神タイガースの江夏豊投手がノーヒットノーランを達成した。相手は中日ドラゴンズ。この年、阪神と中日は首位を争っていた。甲子園球場での3連戦で中日が1勝1分けで首位に立った3戦目。阪神先発の江夏は9回を投げ終えて一本のヒットも許さない。だが中日先発の松本幸行の好投の前に阪神も無得点で延長に入った。
▼延長11回の裏、先頭打者は投手の江夏である。松本投手の投げた初球を思い切り振り抜くと、右翼ラッキーゾーンへのサヨナラ本塁打になった。延長戦での無安打無得点達成は史上初、投手自らの決勝打で決めたのも史上初だった。
▼それから49年経った今年の5月6日、中日の大野雄大投手が惜しくも大記録を逃したのは記憶に新しい。バンテリンドームでの阪神戦、大野は9回を投げ終えて一人の走者も許さなかった。完全試合の達成である。だが阪神先発の青柳晃洋投手の好投で中日も無得点。まるで49年前の甲子園の試合を見るようだった。息詰まる展開の中で8回裏中日の攻撃は2死一、三塁で大野が打席に立った。自分が決めるという気迫十分で放った打球は、快音を残して右中間へ飛んだ。
▼好捕された瞬間の大野の表情が忘れられない。試合は10回の表2死から阪神佐藤選手に初安打を許して大野の完全試合はなくなったが、その裏中日がサヨナラ勝利を収めた。
▼どちらも時代を代表する左腕の江夏と大野が、それぞれに大記録がかかった試合で見せたものは何だろう。味方の再三の固い守備に勇気をもらった投手が、緊迫する投げ合いに決着をつけようと、普段は期待されない打席で見せた魂の打撃を通じて、「諦めない心」の大切さを見せてくれたのではあるまいか。
(コラムニスト・宇津井輝史)
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