創業70年超の由紀精密が、深刻な経営危機に陥ったのは2000年初頭。そこから独自の開発部門を立ち上げ、約10年で売り上げを4倍にしたのが三代目の大坪正人さんだ。独自技術を誇る町工場をグループ化し、自社の成功体験を共有して成長するべく、持ち株会社の由紀ホールディングスを立ち上げた。ものづくり大国・日本の技術力で勝ち筋を見いだす。
3年間だけ家業に関わるつもりが三代目に就任
「祖父の大坪三郎が大坪螺子(らし)製作所を設立したのが1950年で、小さなネジ工場からのスタートでした。その後、社名が由紀精密製作所、由紀精密工業(現、由紀精密)と変わるのですが、社名の由紀は祖母の幸江から取ったことからも家族経営だったことが見て取れます。祖父は、私が3歳の時に他界したので記憶にはなく、父が継いだ家業を継ぐつもりもありませんでした。実は2006年に31歳で入社した時も、継ぐつもりはなかったんです」
由紀ホールディングスの代表取締役社長の大坪正人さんは、そう言って苦笑した。入社前から大坪さんの活躍は目覚ましく、東京大学大学院修了後、3次元プリンタで当時国内最大のサービスを展開していたインクス(現ソライズ)に入社。世界最高速の金型をつくる工場立ち上げの責任者を務め、同工場を携帯電話試作金型の世界3割のシェアを取るまでに成長させ、第1回ものづくり日本大賞、経済産業大臣賞を受賞したキャリアを持つ。
一方の由紀精密は金属の精密切削加工を得意とし、大手2社の下請け工場として事業を成長させてきた。だが、1990年代まででその成長に翳(かげ)りを見せる。携帯電話の普及に伴い、大手から受注のあった公衆電話のカードリーダー部品が激減すると、深刻な経営危機に陥ってしまったのだ。
「入社して3年で事業を立て直そうと思ったのですが、2008年のリーマンショックで既存顧客からの受注量が75%減ってしまい、本腰を入れて再建しないとどうにもならない状況になりました。そこからですね、事業承継を意識し始めたのは」
大坪さんはV字回復には新規顧客の獲得が必須と考え、動く。
1社ではなく集合体で成長曲線を描く
大坪さんは入社してすぐ開発部門を立ち上げ、電気電子事業から航空・宇宙と医療関連へと事業転換を図っていた。また、既存事業も含めてインターネットや展示会で積極的に情報を発信し、問い合わせには真摯(しんし)に対応することで、そのほとんどを受注にまでつなげた。1年間で何十社も新規顧客を得るが、安く何でもやるスタンスではない。
「提案力、設計力の高さが由紀精密の強みです。自社のカラーを明確に打ち出すことで見当違いの問い合わせが来ないように工夫しました。また、できないものをできるとは言わず、やったことがないけれど挑戦させてくださいと、事前に交渉して信頼関係を築くことを続けました」
自社にはない技術を持つ同業者や協力会社との協力体制を整えたことも新規獲得に奏功した。
「06年には2売上を上回る借り入れを抱えていた苦しい状態でしたが、リーマンショックより後は黒字経営で社員も2倍に増えて10%売り上げが伸びていく成長曲線を描けるまでになりました。この実施例を、他の中小の製造企業に転換できないかと考え、17年に持ち株会社を設立して、ものづくり企業のグループ化を図りました。それが由紀ホールディングスです」
グローバルニッチトップ企業を増やして世界で勝負
技術力に長けていても、中小の製造企業は人材や資本に限りがある。そこで「由紀メソッド」という独自の経営手法で、グループ企業に人材採用、広報、IT/IoT、研究開発の支援などの機能を提供することで各社がコア技術を生かせる事業に集中できるプラットフォームとして由紀ホールディングスが機能する。
「画一的なメソッドではなく、各社がそれぞれ何をどのように業務連携や資本提携していくかはケースバイケースです。共通することといえば、中期計画を発表して目標設定を提示するなど基本的なことばかり」と大坪さん。由紀メソッドは、事業承継に頭を抱える中小企業の課題解決にもなり、実際に後継者のいない町工場もグループ化してきた。
だが、グループ企業の数や売り上げなどの〝数字〟が目的ではない。
「中小の製造企業の、世界に通用する技術力の承継と研磨が日本の社会課題です。金属関連の製造業は、IT産業のように急速に技術が進歩するものではなく、培ってきた技術力が緩やかに熟成され、進化していく業界です。日本の技術力がまだ世界トップレベルにある今、企業変革を促進してグローバルニッチトップ企業を増やしていく。これが日本が世界的な競争力を持つ方法といえます」と言い切る。
「やったことがない」と反発する従業員の声を受け止めつつも、新たな素材、難易度の高い開発や機械設計に挑戦する機会を与え、従業員のスキルアップ、やりがいを高めつつ、待遇改善にも努めた。今年4月には日本初の小型衛星量産製造にも寄与していく提携を発表し、宇宙産業にも大きく斬り込むなど事業の可能性を広げる大坪さんは、一貫して〝従業員の幸せ〟を経営の中核に置く。100年先を見据えて「ものづくりの力で世界を幸せに」を掲げて、グループ企業を支え成長曲線を描き続ける。
会社データ
社名:由紀ホールディングス株式会社
所在地:東京都中央区京橋2-6-14 日立第六ビル6F
電話:03-6263-2420
代表者:大坪正人 代表取締役社長
従業員:約800人(シンク・アイ ホールディングス含むグループ全体)
【東京商工会議所】
※月刊石垣2022年7月号に掲載された記事です。
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