地元の有志たちにより創設
山陰地方の島根県で、東に松江城の天守、西に出雲大社の本殿という二つの国宝が路線の両端にある一畑電車は、明治45(1912)年に一畑軽便(けいべん)鉄道株式会社として設立された。当時は国が全国の鉄道網整備を進めており、その支線的な役割として、地方では民間資本による鉄道建設が奨励されていた。軽便鉄道とは、地方の鉄道普及を目的に施行された法律により建設された鉄道で、線路や施設、車両が軽易なものとなっている。
「島根県では国の鉄道が宍道湖の南側を走ることが決まっていて、それでは北側の交通の便が悪いままなので、宍道湖の北側にある一畑薬師への参拝鉄道という位置付けで、出雲からお寺まで線路を引こうという話が地元の方々から上がってきました。発起人は一畑薬師の住職や平田町(現・出雲市平田町)の町長で、地元の有力者らからの賛同を得て、会社が設立されました。いわば地域の活性化に向けたニュービジネスのようなものだったのだと思います」と、一畑電車社長の福富茂人さんは会社創設の経緯を説明する。
寛平6(894)年に建立された一畑薬師は、島根半島のほぼ中央にあり、「目のお薬師さま」として古くから全国的な信仰を集めている。出雲から一畑までの約21㎞を結ぶ鉄道敷設のための用地買収や、会社設立後わずか半年で大口出資者の会社が倒産するなど、多くの困難があったが、大正3(1914)年に出雲今市(現・電鉄出雲市)と雲州平田を結ぶ路線が開通。その1年後にはその先の一畑まで結ぶ路線も開通した。
戦後は多角化経営を推進
「開通当時の写真を見ると、お客さまが非常に多かったようです。当時、鉄道がここを走ったこと自体がすごいことだったんじゃないかと思います。会社も勢いがあり、それからは事業をどんどん拡大していきました」(福富さん)
大正14(1925)年には一畑電気鉄道株式会社に名称変更し、昭和2(1927)年には路線を電化。翌年には路線を東に延長し、北松江(現・松江しんじ湖温泉)まで開通した。この駅から松江城までは徒歩20分ほどの距離である。さらに路線の西側では、途中で分岐して出雲大社近くまで結ぶ新たな路線が昭和5年に営業を開始した。現在の一畑電車の路線は、この時期に完成していた。
戦後になると、松江と広島を結ぶ長距離バスやタクシー事業を開始し、昭和30年代に入ると観光業や百貨店、遊園地、自動車教習所などの運営に乗り出し、経営の多角化を進めていった。しかし、昭和40年代に入ると鉄道は利用客が減り、廃止論が出るほどまでになっていった。
「経営や運営の合理化を図り、人員を削減するなど経費削減を懸命に努めましたが、経営的にやっていけない状態に近づきました。すると、沿線の住民から残してほしいという声があがり、島根県と沿線自治体による支援が始まりました」と福富さんは苦しかった当時を語る。
できることは全てやる
そして平成18年、一畑電気鉄道は事業再編を行い、鉄道事業は一畑電車に分割された。同時期に島根県・松江市・出雲市による「インフラ所有権を移転しない上下分離方式」での支援が開始された。これは線路や施設・設備は一畑電車が保持し、その整備費用は自治体が持つ方式である。
「それ以降は、多くの人に電車を利用してもらうために、できることは全てやるという考え方でやってきました。例えば、今は当たり前ですが、電車の中に自転車をそのまま持ち込めるようにしたのも、日本では一畑電車が最初に始めたと言われています」
平成21年には一畑電車を舞台にした映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』の撮影に全面協力し、映画は翌年に公開された。「その効果で乗客数が増え、その年は2期ぶりに黒字になりました」(福富さん)
令和元年には台湾の鉄道管理局と友好協定を締結し、相互の使用済み乗車券を無償交換する「乗車券交流」を開始。また、鉄道では全国初の体験運転を企画し、専用線を設けていつでも体験運転を楽しめるようにしたほか、ゆるキャラ電車、オルガンを積み込んだクリスマス電車など、さまざまなことをやってきた。
「地域のお子さんたちに一畑電車に愛着を持ってもらい、電車に憧れたり夢を持ったりしてもらうためにやっています。それが将来的に、一畑電車の存続につながっていくと思っています」と福富さんは将来の展望を語る。
今年で創業110周年を迎え、地域の住民に愛され、地域の足として存続していくために、一畑電車はさまざまな経営努力を重ねながら、これからも走り続ける。
プロフィール
社名:一畑電車株式会社(いちばたでんしゃ)
所在地:島根県出雲市平田町2226
電話:0853-62-3383
HP:https://www.ichibata.co.jp/railway/
代表者:福富茂人 代表取締役社長
創業:明治45(1912)年
従業員:73人
【平田商工会議所】
※月刊石垣2022年8月号に掲載された記事です。
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