鉄道の営業は1830年に英国で始まった。以後、国力の象徴として欧米諸国はむろん、日本も明治初期から鉄道建設に邁進した。敗戦からの復興にも鉄道が大きな役割を果たしたが、いまこの国の鉄道が転機を迎えている。
▼国交省の有識者検討会が7月、国が協議会を設けて、鉄道会社、自治体と不採算路線の存廃などを時限的に検討すべきとする提言をまとめた。1キロ当たりの1日平均乗客数(輸送密度)が1千人未満などのJR線区が対象になる。
▼戦後の日本は自動車産業を基幹産業に育てるため国が道路網を隅々まで整備した。一方、同じインフラでも線路の敷設は(政府に金のなかった明治時代から)一貫して鉄道事業者の負担だった。インフラと列車運行を別々に運営する「上下分離方式」の欧州とはこの点が違う。
▼輸送密度が千人未満というのは、旧国鉄が廃線の目安とした「4千人以下」に比べて確かに緩い。だが、いまはこの基準でも対象線区はかなりの数になろう。そもそも国鉄の分割時、JR北海道、四国、九州の3島会社の苦境は予想された。地方路線にも採算性を求めるのは無理があったが、もはや「地域の足を残せ」と訴えるだけでは説得力がない。しからば廃線の連鎖で失うものはないのか。
▼鉄道の特徴は「全国ネット」にある。線路に他の乗り物が混在しない。路線図に鉄道王国の面影はもはやないが、ローカル線とて地方の主要都市をはじめ、東京や大阪に繋がっている安心感を共有できるのは同胞意識の礎でもある。あまり想像したくはないが、たとえば有事の際を考えてみる。鉄道は避難や兵站に威力を発揮する。速く、大量輸送が可能である。いまの防空戦力なら制空権を失わずに線路を守れる。 (コラムニスト・宇津井輝史)
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