動物は空間を棲み分けるために、互いに安全と感じられる距離を保つ。ヒトも動物だから、個人も、群れとしての国家も安全な空間を設定しようとする。
▼内陸と海洋の両勢力がせめぎ合い、棲み分け空間になるのが半島である。朝鮮半島はしばしば中華帝国の支配下に置かれる一方、沖合の日本が大陸の圧力を阻止するための緩衝地帯になった。
▼第2次大戦の終結で日本の支配を脱した朝鮮が独立を夢見た刹那、内陸勢力に支援された北側と、海洋勢力の影響下にある南側に分断された。38度線は両勢力の緩衝地帯が接するフロントラインである。南北が統一されればこのラインが日本まで南下する。
▼マレー半島は海からのイスラム圏と内陸タイの仏教圏とで南北に分断される。インドシナ半島は内陸勢力の南下阻止を米国が諦めて以後、次第に中国の支配力が強まる。
▼ヨーロッパの全体もユーラシア大陸から突き出た半島である。沖合の英国と背後の米国が、欧州が一つの内陸国に支配される事態を阻止してきた。ナポレオンを倒し、ナチスドイツを破ったのがその例である。だが戦後はソ連という大国が台頭し、冷戦という棲み分けが始まった。軍事力では、内陸勢力のワルシャワ条約機構(WATO)に比べ、海洋勢力の北大西洋条約機構(NATO)は見劣りがした。
▼だがソ連が崩壊するとWATOも解体。冷戦時の力の均衡が崩れた。その後も米英は依然ロシアを仮想敵とするNATOを維持拡大し続けた。かつてのソ連の緩衝国群の加盟を進め、ついにソ連を構成した大国ウクライナまで手を伸ばした。むろんプーチンのウクライナ侵攻と領土併合に正当性はないが、地政学が教える半島のフロントラインにも深い意味がある。 (コラムニスト・宇津井輝史)
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