愛知県豊田市
航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、世界に冠たるトヨタ自動車の本社があり、愛知県内で最大の面積・第2位の人口42万人を誇るウォーカブル推進都市「豊田市」について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
にぎわい消失危機の過去
500近い遺跡があり、古くから人の活動が盛んであった豊田市は、明治から大正にかけ養蚕の町として栄えた。昭和に入ると生糸の需要が急速に減退したが、豊田自動織機製作所の自動車製造部の工場誘致に成功し、今日に至る「クルマのまち」としての成長が始まった。
自動車が豊田市経済の根幹であることは疑いようもなく、域内総生産(2018年)の7割弱を「輸送用機械」が占めている。業種別の純移輸出入収支額を見ても、「輸送用機械」のみが域外から(しかも巨額の)所得を稼いでいる状況だ。
一方で、地域経済循環を見ると、「支出」段階の民間消費で1兆円近い所得流出が生じている。強い製造業の高所得水準に裏打ちされた住民の消費意欲に対し、地域のにぎわいが不足している状況といえよう。
2000年に駅西の「そごう」が、02年には駅東の「サティ」が姿を消した。バブル崩壊に加え、モータリゼーションなどによる中心市街地の利便性低下や、製造業の発展が地域全体の繁栄に必ずしも結び付かないという事象が、全国の地方都市と同様、豊田市に生じたことも要因であろう。
ただ、豊田市が特徴的である点は、都心部のにぎわい消失危機に対し、行政のみならず地元産業界や市民が一体となり、まさに官民共創によって再生に取り組んだことだ。
まちづくりを伴走支援
地域活性化の目的はさまざまで、ウェルビーイングや寛容性といった数値化が難しい視点も重要だ。
ただ、地域経済循環の観点からは明確で、多様な業種・職種が活発に活動していることであり、循環構造の再構築を目指すことだ。例えば、「輸送用機械」以外の業種でも域外から所得を獲得できるよう、地域の資源を見つめ直すことであり、地域住民に多様な消費機会を供給するなど、さまざまなステークホルダーに地道な価値提供活動を続けることでもある。
この点、そごう撤退を契機に、2001年に設立された豊田まちづくり会社は、自らデベロッパーとなるだけでなく、関係組織・法人と連携して、地域の人々との共働を推進している。その取り組みは、地域経済循環の再構築に寄与している。
中心市街地の商店街・商業施設のみならず行政やトヨタ自動車など企業も巻き込んだ「まちなか宣伝会議」は、官民が一体となって共同事業を展開することで発信力を高め、中心市街地の魅力を消費者に届けている。公園やスタジアムなどを会場とするマルシェ「STREET&PARK MARKET」は、公共空間活用の走りであり、丁寧にモノをつくる人と丁寧に暮らす人が出会う場所を提供している。また、チャレンジショップを手掛けることで、地域に新たなビジネスが創出される機会を提供している。他にも数多くの事業を手掛けているが、それらはいずれも、ウォーカブル(歩いて暮らせる、歩きたくなる)を超えており、いわば「出かけたくなる」視点で生み出されているまちづくりの取り組みと評価できる。
移動手段として自動車を特別視することなく(モーダルを問わずに)、市民がイキイキと、そしてワクワクしながら外出したくなる何かを生み出し続けている点、日常生活に自動車が切り離せない数多くの地方にとって、有用な視点・取り組みとなろう。
そして、こうした取り組みを伴走支援しているのが、本年設立70周年を迎える豊田商工会議所である。
「出かけたくなる」何かが、いつもまちに溢れるよう、その何かをつくる官民共創のプラットフォームを磨き続けること、これが豊田市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所地域・産業本部上席研究主幹・鵜殿裕)
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