水産業にIt、Iotを導入し、漁場や漁獲高のデータ化を進め生産の現場と流通の一体化を図る「スマート水産業」への取り組みが各地で進んでいる。生産者と加工・流通が連携し、マーケットと直結することで、生産現場と消費者、さらに地域全体への経済的な波及効果が大きく見込めると語る「スマート水産業」の提唱者・和田雅昭さんと、スマート化に取り組む各地の事例を紹介する。
ゲノム編集×スマート陸上養殖で日本の水産業を効率化
京都大学発ベンチャー企業として、2019年に設立したリージョナルフィッシュ。当初よりオープンイノベーションを積極的に推進し、ゲノム編集技術で品種改良した魚をスマート陸上養殖で育成・商品化する事業を短期間で実現させた。日本の水産業と地域の活性化に寄与することを目指している。
技術で勝って経営で負ける状況を何とかしたい
「タンパク質クライシス」という言葉を聞いたことがあるだろうか。これは将来的にタンパク質の需要が供給を上回ることをいい、グローバルな食糧問題と位置付けられている。その課題に「ゲノム編集」と「スマート陸上養殖」という二つの軸で取り組んでいるのが、リージョナルフィッシュである。
ゲノム編集とは、生物が持つ遺伝子の特定の配列を狙って変異させる技術のことだ。自然界でも起こり得る変異を故意に起こすことで、本来なら膨大な時間を要する品種改良が短期間にできる。外来の遺伝子を挿入して新しい生物をつくる遺伝子組換えとは異なる技術である。
一方のスマート陸上養殖は、ICTやAIを活用して水質や温度などの情報を収集し、適切な管理を促す養殖方法で、すでに大学や企業などで取り組まれて成果を上げている。この二つの先端技術を掛け合わせて漁獲量を増やし、日本の水産業を持続可能な成長産業にするのが同社の掲げるミッションだ。
「日本の水産従事者はこの30年で3分の1に減り、かつて世界1位だった生産量は8位に落ち込んでいます。水産業は地域経済ともひもづいているので、水産業が元気になれば地域も活性化し、生活を豊かにできると考えました」と同社社長の梅川忠典さんは説明する。
実は、梅川さんは水産に関して門外漢だ。京都大学大学院を卒業後、東京のコンサルティング会社で投資や経営支援を行う中、日本の会社は「技術で勝って経営で負ける」と言われているが、実際には「技術でも負けてきているのではないか」と実感し、技術開発のベンチャーが必要だと感じた。そうした中、母校でゲノム編集を研究する先生と出会い、近畿大学の養殖技術を持つ先生と知り合い、自らが経営を担って、それぞれの強みを生かしながら共同作業を始めたのが同社のスタートだ。
ゲノム編集で短期に品種改良 スマート養殖で最適に飼育
同社が取り組んでいるのは、品種改良により成長が早くて可食部の多い魚をつくることだ。品種改良は1~2万年前から家畜や農作物に対して行われ、より育てやすく味も良いものへと改良されてきた。ところが、魚にはほぼ行われてこなかった。
「従来の品種改良は、放射線などを用いてランダムに起こる突然変異を待つ方法でしたが、これだと30年くらいかかるので遅れを取り戻せません。その点、ゲノム編集なら狙ったターゲットに変異を起こさせるので、2~3年で改良できます。私たちは食欲を抑制する遺伝子を特定して切り、満腹中枢が働かないように変異させてつくろうとしています。するとエサを多く食べてくれるので、早く成長して可食部の多い魚になります」
品種改良された魚は、AIやIotでコントロールされた環境の下で陸上養殖する。魚の生育に最適な水質や水温をはじめ、水中に設置したカメラで魚の正確なサイズを計測して、それに応じたエサの量やエサやりのタイミングが割り出される。また、病気にかかって異常遊泳している魚を、AIがすかさず見つけて取り除くこともできる。
「スマート陸上養殖のメリットは、魚の好む飼育環境がつくれることや、旬をコントロールして市場が求めるときに高いクオリティーの魚が提供できることです。従来の養殖は職人の技で行われてきましたが、スマート化して数値に基づいて行えば、素人でも水産業の担い手になれるということです」
オープンイノベーションで効率的に事業を推進
同社は設立3年で、世界初のゲノム編集動物食品「22世紀鯛」や「22世紀ふぐ」の養殖に成功し、すでに販売を開始している。短期間で成功に導いたポイントは、オープンイノベーションだ。
「当社の事業をゼロから始めると時間もコストもかかります。そこで活用したのがオープンイノベーションです。現在、約70の企業や機関、地域などと協業していて、特に大企業が使っていない技術を水産業に当て込んでいこうと考えています」
ベンチャー企業として革新的なアイデアを成果に結び付けた同社は、各方面から高く評価されている。例を挙げれば、「大学発ベンチャー表彰」大臣賞、「地域貢献スタートアップアワード」最優秀賞、内閣府「第4回日本オープンイノベーション大賞」大臣賞、「京都・知恵アントレ大賞2022」大賞と枚挙にいとまがない。こうしたアワードに積極的に応募しているのは、会社の知名度を上げて事業を広く知ってもらい、オープンイノベーションを加速させたいとの思いがある。また、「ゲノム編集」という言葉が醸し出すマイナスイメージを払拭して、安全性への理解を深めたいとの思いもある。
「この事業はハイリスク・ハイリターン。多くの人が不安を感じたり事業がうまくいくのか懐疑的だったりするとハイリスクの方向に振れますが、誰も手を出したがらないからこそうまくいったときのリターンは大きい。ベンチャーはそれを追求するのに適した構造だと思います。今後もこの事業を理解してくれる協力者とつながって、日本の水産業がもう一度主要産業の座に返り咲く原動力になりたいです」
梅川さんは経営者の目線でそう締めくくった。
会社データ
社名 : リージョナルフィッシュ株式会社
所在地 : 京都府京都市左京区吉田本町36-1 京都大学国際科学イノベーション棟
電話 : 075-600-2961
代表者 : 梅川 忠典 代表取締役社長
従業員 : 30人
【京都商工会議所】
※月刊石垣2022年11月号に掲載された記事です。
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