水産業にIt、Iotを導入し、漁場や漁獲高のデータ化を進め生産の現場と流通の一体化を図る「スマート水産業」への取り組みが各地で進んでいる。生産者と加工・流通が連携し、マーケットと直結することで、生産現場と消費者、さらに地域全体への経済的な波及効果が大きく見込めると語る「スマート水産業」の提唱者・和田雅昭さんと、スマート化に取り組む各地の事例を紹介する。
リアルタイムで漁獲量や位置表示 支援アプリ導入で意識変化し魚価向上
「下関おきそこ地域水産業再生委員会」は、漁業者、水産大学校、山口県などの産学官が連携して漁業支援アプリを開発、導入することにした。操業中でもリアルタイムで漁獲量や位置情報などを沖(漁業者)と陸(市場関係者)で共有できるようになり、漁労や作業の負担が大きく軽減され、陸で働く人の働き方改革にもつながった。今後、アプリで収集したデータの活用なども期待されている。
漁業者目線で開発のアプリ 船の位置や漁獲を自動表示
下関おきそこ地域水産業再生委員会は、沖合底びき網漁業を営んでおり、山口県以東機船底曳網漁業協同組合、下関市、山口県で構成されている。沖合底びき網漁業とは、60~75tの底びき網漁船が2隻1組(=1ケ統)となり、1つの漁網を曳航して漁を行う。同組合では1989年のピーク時に24ケ統48隻だったが、その後減少し、現在は5ケ統10隻が所属する。隻数は減ったが、下関漁港の年間水揚げ量のうち、沖合底びき網漁業の水揚げ量は半分以上を占め、重要性が増している。
同委員会会長で同組合の宮本洋平代表理事組合長は、同組合に所属する底びき網漁船を計4隻所有する昭和水産/佐賀水産の専務取締役でもある。
「今までは船が出港後、どこで何をしているのかは電話のやりとりでしか分からなかったので、ICTを使って時代に合った効率的な操業をしたいと考えました」と宮本さんはアプリ導入の目的を語る。
宮本さんは国立研究開発法人水産研究・教育機構水産大学校海洋生産管理学科の松本浩文准教授に相談し、2019年度から3年間のプロジェクトとしてアプリ開発が行われた。松本准教授は自ら漁船に乗り込み、漁業者から一連の作業の流れを聞いて課題を洗い出し、彼らの意見を聞きながら1年以上かけてアプリを改良していった。
この漁業ではアンコウやノドグロ、ヒラメ類、タイ類など100種類以上が混在して取れ、船上で仕分けされる。魚種や漁獲量は従来、紙の台帳に手書きで記録し、2隻間は無線を使って口頭でやりとりし、集計は電卓で行っていた。
開発された「漁業支援アプリ」はタブレット端末やスマホで使うもので、仕分けした魚種や漁獲量を入力すれば自動で集計される。また、船の位置や投網した時間、2隻の距離など漁場での情報も自動で収集でき、全てデータとして蓄積される。これらが自動化されたことで、漁業者の睡眠時間の確保、漁労への集中、データを今後の戦略に役立てるなど、さまざまな情報が得られている。
アプリのトップ画面には漁獲量、水揚げ予想金額、船の状態(投網中など)、船の位置情報がリアルタイムで表示される。漁獲量や金額は、従来は2隻をまとめる漁労長しか把握していなかったが、船員全員が見られるようにした。金額は彼らの給料に直結するため、モチベーションアップになっている。
組合所属の全船に導入 市場も一体となり意識変化
アプリは宮本さんの会社の船(2ケ統4隻)が先行して導入した。他社の船は従来通りアナログだったため漁港全体の作業量は軽減されなかったが、成果を受けて組合に所属する全船(5ケ統10隻)に導入することを決めた。
漁業者や市場関係者の意見を踏まえ、アプリをさらに改良した。例えば漁を終えた船が指定した位置まで来ると自動的に帰港時間が計算され、市場・給油・魚箱関係者らへ一斉にメール送信される。また、沖で取れた魚種と数量をセリの前に市場関係者とデジタル情報として共有することで、市場側の受け入れ態勢が迅速化した。市場関係者からは、今どの魚のニーズがあるのかが漁業者にフィードバックされる。
「漁業者だけがICTを導入しても、魚を販売する市場も一体となって進めないと広がりがない。一体となってアプリを使い始めてから、漁港全体の意識が変化してきました」と実感を込める宮本さん。アプリの全船導入は21年8月で、その後、魚価は確実に向上しているという。
アプリ導入とブランド化で農林水産大臣賞を受賞
宮本さんは漁業者、市場関係者、観光関係者、下関商工会議所、行政などで構成する「下関漁港沖合底びき網漁業ブランド化協議会」としても活動しており、魚類のPRにも取り組んでいる。特に下関漁港のアンコウは年間水揚げ量500~600tと日本一だ。しかしほとんどが県外出荷であることや、下関はフグのイメージが強いことから、全国的な知名度は高くなかった。そこで「あんこう水揚げ日本一」のシールを魚に添付して販売したり、県内外のイベントに参加したりするなど、ブランド化に取り組み、魚価の向上に貢献している。
アプリ導入やブランド化への取り組みが評価され、下関おきそこ地域水産業再生委員会は全国漁業協同組合連合会と水産庁が実施する「令和3年度浜の活力再生プラン優良事例表彰」において最優秀賞である農林水産大臣賞を受賞した。
今後について宮本さんは「今までは経験と勘がなければできなかったことも、漁業支援アプリを使ってできることが増えると思うので、若手の育成にも役立つのではないか」と期待している。
会社データ
団体名 : 山口県以東機船底曳網漁業協同組合
所在地 : 山口県下関市大和町1-16-1
電話 : 083-266-4433
HP : https://shimonoseki-okisoko.amebaownd.com/
代表者 : 宮本洋平 代表理事組合長
【下関商工会議所】
※月刊石垣2022年11月号に掲載された記事です。
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