中小企業の人手不足が叫ばれて久しい。経営者は人材を外に求めるばかりではなく、社員が能力を十分に発揮できる環境を整えることが急務だ。女性が働きやすく生き生きと活躍している企業の取り組みは、男性社員にも好影響を与え、会社のイメージアップにも直結する。そこで、女性が働きやすい環境をつくり出して業績を上げている企業に迫った。
「アメーバ経営」で性別問わず働きやすい仕組みと関係性を促進
山口県宇部市を拠点に総合物流サービスを展開している吉南。"経営の神様"と呼ばれた故・稲盛和夫さんの「アメーバ経営」を導入し、1時間からでも働ける労務管理制度で主婦やシニア層の幅広い人材を活用している。男性比率が極めて高い物流業界で、女性の活躍は業界水準を超える。
「1時間勤務でもOK」で主婦やシニア層を活用
国内屈指の工業都市として発展してきた山口県宇部市に、吉南はある。創業は1981年で、市の地場産業である重化学工業では後発組だ。しかもスタートは家畜を主とする運送業。そこから時代や地域、顧客ニーズに即して工場受注を増やし、今では輸送や倉庫保管、製造請負や人材派遣を軸に、総合物流サービスを提供するまでに発展した。
2020年、代表取締役社長に就任した井本健さんは、M&Aで多角経営化を促進。現在、山口県を中心にグループ企業は10社を数え、売上高は約130億円に上る。こうした成長の原動力として、井本さんが注力してきたのが「アメーバ経営」だ。これは京セラ名誉会長の故・稲盛和夫さんの経営手法で、組織を小集団に分け、独立採算制で運営するというもの。全社員参加型経営で、各拠点に裁量権を与え、日々事業の改善、改革を進めている。
「グループに加わった企業が導入していたのを機に、20年9月から本格採用しました。その一環で始めたのが1時間からでも働ける労務管理制度です。倉庫事業部や、グループ傘下の学校や保育園などから少しずつ導入していきました」
勤務時間を自由に選べることから、主婦やシニア層の人材獲得に成功する。
「物流業界は女性参入率が低く、男女比は9対1ですが、1にすら満たない感覚さえあります。少子高齢化による人材不足が深刻な中、これは大きな機会損失です。弊社では性別や年齢ではなく、役割のレベルや成果を重視した人材確保に努めています」 現在、正社員の男女比率は8対2、パート・アルバイトを含めると7対3だという。
保育園に優先的かつ半額で入園可能
「作業のIT化やフォーマット化で、倉庫や製造現場で力仕事ではない作業領域も広がっています。求人アプリの『タイミー』や『マッチボックス』を活用して単発や短時間だけ働きたい人材確保に便利で、各拠点でよく使われています」と井本さん。
だが、〝スキマ時間〟の人材活用は、大阪などの都市部にある倉庫や製造現場が主流で、山口県内は正社員を希望する人が多いという。地域や業務内容に応じて、柔軟に勤務形態を変えており、実際、正社員での女性採用も増えつつある。育児や介護中の正社員の時短勤務が可能なのはもちろんのこと、産休、育休の期間も個別に対応している。さらにグループ提携の保育園には0歳から半額で入園できるなど、出産、育児を含めた将来設計が立てやすい点も、女性にとっては魅力的だ。
「男女問わず新卒採用にも力を入れています。社会マナーやスキルアップにつながる研修や支援制度も豊富です。特に総合職の新入社員対象に、1泊2日の研修を年に6回は開催しています」と井本さん。これに対して「それだけ期待されている証拠だと思います」と明るく答えたのは、入社1年目で経営企画部の荒木花恋さんだ。成長企業として同社に可能性を感じ、1年前に県外から入社を希望したという。
「物流に関心があったわけではないのですが、いろいろなことに挑戦できる社風や制度に引かれて入社しました。実際、女性の先輩たちが生き生きと働いていて、私自身も働きがいを実感しています」と笑顔で語る。
制度や適性テストを生かし円滑な人間関係も育む
荒木さんが同社に魅力を感じたことの一つに「ブラザーシスター制度」(通称、ブラシス)がある。これは年齢の近い先輩社員が新入社員を1年間サポートするというもの。毎日の研修日誌のチェックや月1回ペースのブランチ、日々の悩み相談に乗るなど、サ ポート範囲は広い。先輩社員には約半年間特別手当を支給するといった、"先輩"へのフォローも細やかだ。
このブラシスに活用している心理測定ツール「エマジェネティックスR」も興味深い。100の質問に答えて思考や行動の特性を数値化し、思考特性は4タイプに、行動特性は3タイプに分類されてプロファイルが作成される。
「荒木とは思考特性が違うので、私は荒木のブラザーにはなれません」と笑う井本さん。プロファイルは人事全般に活用しており、人間関係によるストレスの緩和や離職率低下につなげている。
「女性管理職がいないなど、まだまだ課題はありますが、課長や現場リーダーを目指す女性社員は増えてきています」(井本さん)。
18年には「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に、20年には地域未来牽引(けんいん)企業に選定され、地域からの期待値も上がっている。
「物流は男社会というイメージが強いですが、『仕方がない』では業界も企業も、そして地域も良くなりません。女性が働きやすい環境を考えることが、非正規雇用を含む誰もが働きやすい環境につながります。社員一人一人の成功体験を増やし、会社としても成長していけるように努めていくまでです」と井本さんは力を込めた。
会社データ
社名 : 吉南株式会社(きちなん)
所在地 : 山口県宇部市大字善和字上瀬戸原189-7
電話 : 0836-38-8600
HP : https://www.kichinan.co.jp/
代表者 : 井本健 代表取締役社長
従業員 : 約1000人(パートを含むグループ合計)
【宇部商工会議所】
※月刊石垣2023年4月号に掲載された記事です。
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