昨年2月24日のロシアのウクライナ侵攻開始から1年。現状では紛争収束のめどが立たず、世界経済にとって大きなリスク要因になっている。紛争の当初から、エネルギー市場の混乱や食料品価格の高騰など、世界の経済活動に重大な支障を与えてきた。また、それまでグローバル化が進んでいた経済の構造を、逆の方向=ディ・グローバリゼーションへと向かわせることになった。ディ・グローバリゼーションは国境の壁を高め、自由なサプライチェーンの機能を阻害することになる。世界的なインフレを鮮明化させ経済の効率化を低下させる。それは、世界経済にとって大きなマイナス要因だ。
それと同時に、ウクライナ紛争に関する最大の問題は、いつ、どのようにして、ウクライナ紛争が収束するのかが見通せないことだ。世界経済は出口の見えないトンネルの中で、手探り状態で進んでいる状況といえる。それは、各国の政府、企業、家計にとって大きな不透明要因であり、重大なリスクになっている。世界の大手企業は中・長期の事業計画や戦略を練ることが難しくなっている。エネルギー資源や農産物のサプライチェーン運営はかなり困難な状況だ。
1990年代初頭に旧ソ連は崩壊し、中国経済の本格的な拡大によって、世界経済のグローバル化は鮮明となった。中国は"世界の工場"としての地位を高めた。ロシアはエネルギー、鉱山資源、穀物、木材などを安価に供給した。各国の企業は国際分業を加速して生産コストを低減し、世界市場でより高い価格で製品を販売する体制を強化した。新興国への直接投資も増え、世界全体で物価の安定と成長率の緩やかな上昇が実現した。
しかし、米中の対立、新型コロナウイルス感染症発生、その上にウクライナ紛争の発生が加わることによって、世界全体でサプライチェーンは寸断され混乱した。ウクライナ紛争が、そうしたディ・グローバル化の動きを決定的にした。
主要先進国の企業にとって、ウクライナやロシアで事業運営体制を強化することは難しくなった。足元、中国では習政権が支配体制の強化を優先し、台湾問題を巡る緊迫感は高まっている。各国企業は目先の事業運営を安定させるために、基礎資材の調達網の確立を急がなければならない。さらに、ウクライナ紛争がどう落ち着くかが分からないため、リスクを特定することが難しい。それは、世界全体の効率性を低下させることになる。
もう一つの懸念事項は、主要国の軍事費の増強で財政状況が悪化していることだ。ウクライナ紛争の発生以降、世界的に防衛費を積み増す国は増えている。主要先進国の中でも、欧州の主要国の防衛費増加は鮮明だ。今後、中国、ロシアなどへの抑止力を高めるために、米国をはじめ主要先進国の国防費は増加傾向で推移するとみられる。それに伴い、世界経済において重要な位置を占めるASEAN地域においても、安全保障体制の強化を目指した財政支出は増えるだろう。
防衛関連以外にも、世界的に財政支出は増えそうだ。物価が高止まりし、かつ不安定に推移する可能性が高まったことを踏まえると、各国政府は家計の消費や企業の事業運営の支援をさらに強化するはずだ。一方、感染症リスクに対応するための公衆衛生や医療、社会保障関連の支出を減らすことは難しい。財源確保のための増税は有権者の反発を招く。世界各国で財政の悪化リスクは高まると予想される。
最も懸念されるのは、財政が悪化する中で金利が上昇する展開だ。インフレ鎮静化のための利上げの長期化や、財政悪化懸念の高まりにより国債の流通利回りが本格的に上昇すると、世界の実体経済と金融市場にかなりの打撃が及ぶ展開が続く。その場合、債務残高が累積してきた新興国から資金が流出する恐れは増す。
ウクライナ紛争は、世界各国の企業の事業運営、家計、さらには財政運営に負の影響をもたらす。これから短期間にウクライナ紛争が収束するとは予想し難い。世界の景気回復のペースはより緩慢になるだろう。(2月13日執筆)
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