コロナ禍を乗り越えて前へ踏み出す「Beyondコロナ」の時が来た! 国内外の社会・経済も活発化してきている。今や人の活動が積極化し、AI技術が加速するなど、社会全体が大きな変革期に入っているともいえる状況だ。そこで、コロナ禍の逆境もチャンスと捉え、一歩先を見据えた経営を進める地域企業の取り組みを紹介したい。
「酒」だけではなく感動体験も届ける"総合アルコールカンパニー"へ転換
コロナ禍の初期、消毒液不足の解消に向けて全国の酒造メーカーが消毒液代用アルコール製造を始めた。全国に先駆けて着手したのが茨城県水戸市の明利酒類だ。コロナ禍で売り上げが減少する中での医薬部外品の製造販売は、事業拡大、経営方針の見直しの契機となる。「総合酒類メーカー」から感動体験を提供する「総合アルコールカンパニー」へ。経営ビジョンに掲げて新展開を図る。
「金賞が取れる酵母」で全国の酒造会社をサポート
日本酒は「水」が命といっても過言ではない。明利酒類もまた、前身の加藤酒造店初代が名水を求めて全国を旅したことから歴史が始まる。行き着いたのは那珂川が流れる今の茨城県水戸市。創業は江戸時代の安政年間(1854~60年)で、同店の事業を継承して1950年に明利酒類が設立された。その後、清酒、梅酒、焼酎、ジン、ウオッカ、リキュール、発酵調味料などを国内外に展開し、総合酒類メーカーとして発展する。商品数は約600種類を数える、県内トップの販売高だ。
全国に約1200ある酒造会社の中でも同社の強みは、自社での醸造用アルコールの製造と酵母の研究開発・培養にある。これができるのは全国でも数社しかない。
「そもそも当社の設立は、醸造用アルコールと酵母で全国の酒造会社を支えることを目的としています。独自に開発した『明利小川酵母』は日本醸造協会の『10号酵母』として登録され、全国の酒造会社から高く評価されてきました。さらに10号酵母から生み出した『M310酵母』も含めると、全国240の酒造会社が醸造アルコールとセットで活用しています。安定した質の高い酒づくりを支える。これが設立から変わらない当社のミッションです」
そう語るのは初代のひ孫に当たる常務取締役の加藤喬大(たかひろ)さん。特にM310酵母を使った日本酒は各酒類鑑評会やコンテストで金賞を受賞する確率が高く、十数年前から誰が言うでもなく"金賞酵母"と呼ばれるまでになったほどだ。
酵母だけではなく、酒造会社としての実力も高い。98年に販売した自社ブランド「百年梅酒」は全国梅酒四大大会を完全制覇。代表銘柄の大吟醸清酒「副将軍」は全国新酒鑑評会で通算15回の金賞(2022、23年連続)受賞し、世界最大規模・最高権威のワイン・清酒品評会「インターナショナル・ワイン・チャレンジ2020」SAKE部門の金賞にも輝いている。
「日本酒が主力事業ですが、ウオッカや焼酎、リキュールなど多種多様な酒類の知見やノウハウの蓄積も当社の強みになっています」
医薬部外品の発売、工場新設で事業を拡大
総合酒類メーカーとして着々と実績を上げてきた明利酒類。だからこそ、コロナ禍の痛手は大きかった。年間売り上げ約23億円の事業を展開していたが、20年春には月の売り上げ約2億円が1億円に半減する。この状況が続けば死活問題だ。
「製造販売が止まる一方、全国的に消毒液の不足が話題になっていました。そこで65%の高濃度アルコール消毒液『メイリの65%』を開発しました。止まっていた工場を日夜フル稼働しての対応です」
このタイミングで入社した加藤さんは、当時を振り返る。前職の博報堂で約7年間化粧品のマーケティングを担当していた加藤さんは、プレスリリースを打ち出すなど情報拡散にも注力。さらにこの経験を通してアルコール製造を公衆衛生事業に横展開できる可能性を見いだしていった。
「明利酒類の社名は、曽祖父の『明るい利益で社会に貢献せよ』という理念が込められています。これに立ち返って消毒液や化粧品、燃料など酒類以外の多角化経営の必要性を訴えました。総合酒類メーカーから総合アルコールカンパニーへの転換。こう言語化して、社内での共有を図りました」
経営陣や従業員にコロナ禍という共通の危機意識があったことも、変革が進む要因となる。20年7月には20~40代の若手従業員4~5人を中心に医薬部外品事業を推進する「チームMEIRI」を結成。厚生労働省から医薬部外品の製造販売許可を得て、経済産業省の「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業補助金」の活用など全方位に手を尽くした。翌年6月には医薬部外品工場を新設する。この間、加藤さんは工場設立から「MEIRIの消毒」、大容量のアルコール製剤「MEIRIの除菌」の両シリーズのブランディング、PRから販路開拓まで指揮を執った。
「新規事業には『経営陣の責任』と『実行チームの行動力』の二つが不可欠でした。とりわけチームづくりで意識したのが"部活感"。失敗を恐れずトライ&エラーを共有できるフラットな関係性を築いていきました。そしてアクシデントが起きた際は、私が責任者として矢面に立つ体制を整えました。前職での経験がコロナ禍のチームづくりにも大いに役立ちました」
時間も手間も度外視した最高峰の日本酒づくりに挑戦
「MEIRI」の量産体制を整え、有事の際は消毒液を優先して供給する協定を地元医師会と締結するなど、社会インフラとして消毒液の安定供給を可能にしていく。こうした取り組みが評価され、21年度「はばたく中小企業・小規模事業者300社」の需要獲得部門の受賞、グッドデザイン賞の受賞につながった。
「総合アルコールカンパニーというビジョンを言語化し、挑戦の方向性をしっかり定めたことが結果に結びついたと思います。しかし公衆衛生事業参入は、ある種、コロナ禍の生き残りを懸けた挑戦でした。ここからさらに一歩先に進むべく着手したのが、60年ぶりの再開となるウイスキーづくりと、わが社史上最も時間と手間をかけたプレミアム日本酒『雨下uka』の開発です」と加藤さん。
ウイスキーは日本の酒税法により3年以上の木製樽での熟成が規定されており、雨下も通常は強い圧力をかけて短時間で日本酒を絞る工程を、自然の重力に任せてろ布から一滴一滴落ちる雫を集める「雫落とし製法」をとる。加速する時代の流れと逆行する"時間"をかけた酒づくりだ。雨下は国内の年間販売数1000本、600ml3万3000円の高価格商品だが、23年3月発売のファーストロットは1週間で完売する。
「高額な洋酒は古今東西たくさんありますが、それに比べて日本酒は最高ランクでもそれらに比べて安価です。なぜかというと、その一つに日本酒は原材料価格をベースに価格が決まるという慣習があるからです。そうではなく、例えばスイス時計のように職人の技術に高付加価値をプラスした酒づくりをしたくて雨下を開発しました。価値に共感してくださるファンをつくり、ファンの方々に感動してもらえるようなサービスを提供する。これがコロナ禍で新たな販路、新たなお客さまとの出会いから見えた次なるステップです」と加藤さん。Beyondコロナに向けて注力するのは、エンドユーザーと交流する時間、手間を惜しまない渾身のものづくりの時間だ。
つくるだけでは届かない"モノと情報の製造業"へ
加藤さんは前職、そしてコロナ禍での事業開拓の経験を通して「良いモノをつくっても伝わらなければないものと同じ」と説く。酒蔵見学や直売所、イベント、そしてネットやSNSを介して明利酒類という会社と商品の魅力を丁寧に伝え、顧客一人一人の感想を商品開発にフィードバックしていった。
「ツイッターは3年前から14倍の約4万2000人に増えました。数を増やすことも大事ですが、それ以上に大切にしたのは1対1の丁寧な対応です」
そして、ファンの要望に応え、魅了するユニークな企画も次々打ち出す。人気女性Vチューバーとコラボした梅酒や日本酒づくりプロジェクトを展開。また、「酒蔵サウナ」ではジンの原材料をロウリュウに、水風呂に日本酒の仕込み水を使うなど、酒と接点のなかった人々も楽しめるよう工夫している。
「厳選した原料と熟練の職人が生み出すおいしい酒をつくり、伝え、感動するサービスを提供する。この一連を担う"モノと情報の製造業"。これを当社の新たなスタンスとし、国内外でいろいろ仕掛けていこうと考えています」
加藤さんの人脈とコミュニケーション力、企画力を生かしたビジネス展開だが、地域企業として地元とのつながりも大切にしている。2年ほど前に30代を中心とした若手経営者の会を発足させ、月1ペースで経営上の悩みを相談する場を設けて絆を深めている。地域、ファンと本気・本音で向き合う取り組みは「もはやライフワークです」と笑う加藤さん。
「先日も雨下を使って『逆ペアリングディナー』という料理ではなく日本酒に合わせて料理を提供する地域のイベントを開催し、高い評価をいただきました。日本酒は温度帯で味や香りが変わって、良質な酒なら1種類でも飲み飽きることはありません。日本の食文化と日本酒の新たな可能性に手応えを感じています」と声を弾ませる。「つくる」「売る」の先に広がる感動体験に期待が高まる。
会社データ
社名 : 明利酒類株式会社(めいりしゅるい)
所在地 : 茨城県水戸市元吉田町338番地
電話 : 029-247-6111
代表者 : 加藤多彦 代表取締役
従業員 : 98人
【水戸商工会議所】
※月刊石垣2023年7月号に掲載された記事です。
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