コロナ禍で大きな打撃を受けた観光業だが、出入国が緩和されたことを機にインバウンドの復活が期待される。日本政府観光局によると、6月の訪日外客数は新型コロナウイルス感染拡大前の2019年同月比72%となり、着実に持ち直してきている。ビヨンドコロナに向けて、地方誘客や消費拡大とともにインバウンドをV字回復させることが、地域経済の活性化には欠かせない。インバウンド需要を取り込むヒントを各地の取り組みから探る。
日本初の常設"キャッスルステイ"開業で富裕層インバウンドを誘致
日本最古の南蛮貿易の拠点となった長崎県平戸市。そのシンボルであり日本百名城にも選ばれている平戸城の大規模改修に合わせ、櫓をホテルにリノベーションした。2021年4月、日本初の常設城泊施設「平戸城 CASTLE STAY 懐柔櫓(かいじゅうやぐら)」が開業し、富裕層インバウンドの呼び込みに取り組んでいる。
城泊イベントに国内外から7500組の応募が殺到
平戸城は、平戸島の北部と九州本土を隔てる平戸瀬戸に突き出す標高約53mの丘陵上に築かれた城だ。その城内の一角に建てられた懐柔櫓が、2021年4月、ホテルとして生まれ変わった。「平戸城の伝統や文化に浸る空間」をコンセプトに、九州出身の琳派(りんぱ)の画家が描き下ろした壁画のあるリビングダイニングやベッドルーム、諫早(いさはや)産の大理石を用いたガラス張りの展望バスルームなどで城主気分に浸りながら、地元の幸をふんだんに使った創作料理のフルコースが味わえる。さらに、乗馬や茶道、和服の着付け、国指定重要無形民俗文化財に指定されている「平戸神楽」の特別鑑賞などの体験メニューも用意されている。1日1組限定で、1泊最大66万円(サービス料、食事、体験メニューは別)だ。
同市が城泊事業に本腰を入れたのは、17年に実施した「平戸城キャッスルステイ無料宿泊イベント」に端を発する。
「平戸城は築50年を超えて改修の必要に迫られていました。同時期に城泊事業化の事案も進んでいて、宿泊イベントを企画したんです。それが海外メディアにも取り上げられて、1組限定の募集に国内外から7500組の申し込みが殺到しました。その反響に手応えを得て、城泊プロジェクトが立ち上がりました」と、ホテルの管理・運営を行う狼煙社長の鞍掛斉也さんは説明する。
観光を主要産業とする同市では、かねて観光客数の回復が大きな課題だった。城泊をその起爆剤にして、欧米を中心とした富裕層インバウンドを呼び込もうと、20年夏の開業に向けて始動した。
滞在時間が長くなる魅力的な観光コンテンツを開発
懐柔櫓のホテル化において、百戦錬磨グループのKessha、アトリエ天工人(てくと)、日本航空の3社による平戸城「城泊」JV(共同企業体)が市と協定を結んで進められた。具体的には、体験型宿泊のパイオニアであるKesshaが全体のプロデュースを、施設の設計・監理をアトリエ天工人、プロモーションと送客を日本航空が担当し、それぞれの強みを生かしながら役割分担した形だ。さらに19年には、平戸城全体の施設運営・管理を行う狼煙が設立された。
「単にホテルの運営だけでなく、地域振興につながるような観光コンテンツをつくることも当社の役割です。かつて平戸は団体型観光が中心で、個人旅行客は日帰りで訪れるパターンが多かった。これからは個人旅行客が楽しめるような平戸の魅力を提供して、滞在時間を長くすることで地域を活性化することに重点を置いています」
平戸は交通アクセスが良い場所ではない。それだけに通過型観光から滞在型観光へシフトするポテンシャルを秘めているといえる。城泊を中心とした観光コンテンツを考案していた矢先、降って湧いたのが新型コロナの世界的な流行だ。行動制限によりインバウンドが激減し、予定していた開業は延期となってしまう。しかし、時間ができたことで新たな観光モデルの創成にじっくりと取り組んだ。
「江戸時代の面影を残す城下町、世界文化遺産に登録された『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』の構成資産、各地にある漁港や農村、点在する大小の島々など、平戸にはさまざまな表情があり、それぞれに伝統や文化が根付いています。それらを生かして、漁師体験、クルージングで巡るアイランドホッピング、地域の美食を楽しむガストロノミー、キリシタンが潜伏していた山を巡るトレッキングなど、多彩なコンテンツを企画しています」
地域それぞれの特色生かした分散型ホテルを構築
21年4月に城泊開業後、まだ新型コロナの影響もあって出足は鈍かったというが、秋ごろから宿泊予約が入り始め、22年夏に初のインバウンドの宿泊が実現した。現在、海外から問い合わせが多数寄せられており、「平戸市のキラーコンテンツとして情報発信し、さらなる富裕層の誘客につなげたい」と平戸市役所観光課観光振興班班長の後藤彰文さんも期待を寄せる。
次なる課題はホテルの充実だ。個人旅行客は城泊に限らず、歴史的な建物に泊まりたいというニーズがある。それに応えるヒントがイタリアにあると鞍掛さんは言う。
「イタリアも過疎が進んでいて、人口が激減した城下町を丸ごとホテルとして活用する取り組みを行っています。『アルベルコ・ディフーゾタウン構想』って言うんですが、それにならって平戸も城泊を中心とした城下町の活用、次に、各地の漁港や農家、空き家などを活用して、宿泊施設、地域の食材が楽しめるカフェやレストラン、伝統工芸を体験できる工房やギャラリー、ワーケーション施設など、滞在型サービスを提供する分散型ホテルの構築に力を入れていきたい」
まだ発掘されていない地域資源を最大限生かして、インバウンドが押し寄せるまちを目指してまい進している。
会社データ
社名 : 株式会社狼煙(のろし)
所在地 : 長崎県平戸市新町105-1
電話 : 070-5566-4280
HP : https://www.castlestay.jp/
代表者 : 鞍掛斉也 代表取締役
従業員 : 5人
【平戸商工会議所】
※月刊石垣2023年8月号に掲載された記事です。
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