今年は関東大震災から100年という節目の年になる。わが国は、世界的に見ても自然災害が多く、南海トラフ地震など大震災がいつ起きてもおかしくないと予測されている。近年、台風被害や水害も毎年のように繰り返されている。そこで本特集では、さまざまな災害から人の命と地域を守る、各地の技術力に定評のあるものづくり企業の取り組みを紹介する。
地すべり対策に特化して地域の防災・減災に貢献
地質調査や地すべり対策、法面(のりめん)工事などを主事業とする奥山ボーリング。同社は長年積み重ねてきた経験を生かし、災害発生時のみならず、リスクの高い不安定斜面の調査や監視を行っている。また、産学連携によりさまざまな災害に対応する地盤強化の研究開発も行っており、その技術力は海外の現場でも活用されている。
地すべり分野に参入し地域防災企業へとかじを切る
地すべりは、比較的緩い傾きの斜面が広い範囲にわたって滑り落ちていく現象をいう。家や田畑、木々なども一緒に、地面が大きな塊のまま動くのが特徴だ。その速さは通常、1日に数㎜程度だが、一気に数m動くこともある。 「大地震が引き金となって、突然起きることもあります。ただ、根本的に悪さをしているのは“水”です」と奥山ボーリング社長の奥山信吾さんは指摘する。
同社は、地すべり調査やその対策工事、法面工事などを専門に扱っている会社だ。1946年に打ち込み井戸や農機具の修理、配管修理などで創業後、五能線の深浦駅構内で地質調査をしていた人の声掛けでその道に進み、主にダム建設の基礎調査などを請け負ってきた。地すべり防止工事が年々増加する傾向にあり、58年に「地すべり等防止法」が施行されたことを受け、従来の地質調査以外の新事業として地すべり分野に参入する。当時は地すべりを調査・解析する業者はほとんどなく、これらを主事業とする企業へとかじを切った。 「秋田県は山が多く豪雪地帯でもあるので、もともと斜面災害が多いんです。山にたくさんの雨が降ると、雨水が土砂とともに川に流れ込んで土石流が発生しやすくなります。もし、下流に集落があると大災害になる恐れがあるので、行政から依頼を受けて、山の中の斜面に地すべりを予防する施工を請け負うようになりました」
同業他社がほとんどなく東北の調査・施工を受注
地すべりの元凶は“水”だが、起こる仕組みは場所によって異なる。地面は性質の異なる土や石がいくつもの層になってできており、水をよく通す層と通しにくい層があるためだ。雨や雪解け水など大量の水が地面に染み込むと、水を通しにくい地層の上にたまる。すると、その地層より上の地面がたまった水の浮力で持ち上げられ、そこが斜面の場合、地面は塊のままゆっくりと下に滑っていくわけだ。斜面ならどこでも地すべりが起こるわけではないが、水を通しにくい地層が広がっている斜面、透水性(水の染み込みやすさ)が異なる地層が重なっている斜面、斜面と地層の傾きが同じ場所などでは、地すべりを何度も繰り返す恐れがある。
それを防ぐための工事は、大きく2種類あるという。一つは、地すべりの原因を取り除くことだ。地すべりの多くは滑りやすい地層がある場所に水がたまって起こるので、特別な井戸に地下水を集めて外に流す、雨水が地中にたまらないような施工をする。もう一つは、地すべりの動きを力で抑える工事で、地下水を取り除くだけでは予防できない場合に行う。具体的には、動かない地盤まで長いくいを打ち込む方法がよく用いられる。 「当社の場合、現会長の父がかつて土木研究所に勤めていて知見があったことや、全国トップレベルの研究者や大学の先生とも付き合いがあったため、連携を取りながら独自技術を開発してきました。例えば、被災前の地形と被災後の地形から滑り面のシミュレーションを行うことで、調査ボーリング数量の軽減を実現しています」
同社は東北6県を営業地域にしているが、東北地方には同業他社がほとんどないため、地すべり災害が発生すると調査・復旧工事の引き合いが多く舞い込む。また、事前に独自調査を行って地すべりリスクが高い場所が見つかった場合、その地域を管轄する役所に赴いて地すべり対策を促している。実際に災害が起こらないとアクションに移さない場合が少なくないが、その場所の下に人が住んでいるケースでは、転ばぬ先の杖として、地すべり防止の施工を受注することも多いという。
簡易削孔装置の開発で高速道路の保全にも貢献
同社の事業に新しい展開をもたらしたのが、2013年に独自開発した集水管設置のための削孔装置「軽技さっくん」である。これは地中にたまった地下水を排出するための孔を開ける機械だ。通常のボーリングマシンは大型で重量が2500㎏もあり、場所によっては足場が必要になるため、資器材の運搬や機械の設置に大きな労力を要する。一方、「軽技さっくん」は全長が約2m、重量は25㎏と軽量のため運搬が容易だ。この機械を用いて斜面に横孔を開けていき、所定の深度まで削孔したら引き抜いて、その孔に集水管を挿入する。その集水管から地下にたまった水が抜けていき、地すべりのリスクを低減する仕組みだ。 「砂のように、孔を開けてもすぐに崩れてしまうような地質には不向きですが、粘土質の地層であれば省人化・省スぺースかつ短時間で施工できるので、緊急性を要する現場、運搬路のない現場などで威力を発揮します」
この機械が大いに活躍した事例の一つに、17年に由利本荘市で発生した土砂崩れがある。夜間に崩落が発生したが、翌日の昼には「軽技さっくん」で地中にたまっている水を抜き、土砂移動量を大幅に軽減した。一度施工すれば集水管から水が排出され続けるため、災害を繰り返すリスクを低減できることも大きなメリットといえる。 同社は数々の現場をこなすことで蓄積された経験値と、この機械の開発により、高速道路の盛り土補強や法面補強、トンネル内地下水排除工事などで、NEXCOと技術業務提携を締結し、数々の案件を施工している。 「NEXCOさんとしては、できるだけ通行止めや車線規制をせずに、ボーリング作業やメンテナンスを行いたいんです。当社の『軽技さっくん』を使えば場所を取らず、短時間で完了するので好都合というわけです」
同社は、その技術力と現場ごとの臨機応変な対応により、東北を中心とした多くの現場に出向いて防災・減災に貢献し、数々の賞も受賞している。
技術者を育成し国内外の防災・減災に貢献できる企業へ
同社は、10年ほど前から海外にも活躍の場を広げている。技術力の向上と投資を目的に、ベトナムで斜面災害の危険度を診断する調査を独自に行ってきた。その結果、短時間に低コストで診断できる実績が評価され、国際協力機構(JICA)のSDGsビジネス支援事業に採択され、20年から案件化調査を実施した。ベトナムの北部山間地域では斜面災害が多発しており、過去3年間で数百人という多くの犠牲者を出している。同国の防災・減災に寄与するために、土砂災害のモニタリング・予警報システムの設置を行ってきた。今後、その実用化に向けて取り組みを継続していきたいと奥山さんは言う。 「現在、新たにインドの北部山間地域に社員を1人派遣していて、法面の補強工事などの指導を行っています。これらを足掛かりに、国内だけでなく海外展開にもつなげていきたいと思っています」
着実に経験と実績を積み、順調に事業を拡大している同社。近年では国立大学卒で博士号を持つ社員も入社してくるようになったが、目下の課題はボーリングのオペレーションをできる人材が高齢化していることだそうだ。「軽技さっくん」の操作自体はさほど難しくないが、斜面に孔を開けて地層のサンプルを採取するには高度な技術が必要だという。かつてボーリング作業は3K仕事とされ、若い世代から敬遠されがちで育成が追い付いていない。 「近年、風水害は増えており、地すべり予防対策は安全な暮らしのために不可欠です。技術者の育成は待ったなしの課題で、私としては女性技術者の活躍に期待したい。勉強熱心でコミュニケーション能力も高い女性が多いからです。楽な仕事ではないためなかなか定着しませんが、女性技術者が育ったらコンサルを任せて、国内外に広く事業を展開していきたいですね」と穏やかな口調の中に強い意欲をのぞかせた。
会社データ
社 名 : 奥山ボーリング株式会社(おくやまボーリング)
所在地 : 秋田県横手市神明町10-39
電 話 : 0182-32-3475
代表者 : 奥山信吾 代表取締役社長
従業員 : 108人
【横手商工会議所】
※月刊石垣2023年9月号に掲載された記事です。
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