人手不足は中小・地域企業の切実な課題だ。給与面や待遇面を改善しても人が集まらないといった経営者の声も聞かれる。同規模ながら、人材確保に成功し業績を上げている会社は何が違うのか。
商工会議所のマッチングプロジェクトに参加 兼業・副業人材の活用で製品開発
コロナ禍をきっかけに東京から塩尻市に移住した兼業・副業人材のさまざまな力を結集し、2021年に設立したハタケホットケ。副業人材の集まりだからこそ可能なフットワークの軽さが強みだ。農業の効率化と環境負荷の削減を目指した農業ロボット開発の取り組みは、県内の農家の協力を得て着実に成果を上げている。
縁もゆかりもない地に人との巡り合いで創業
ハタケホットケは、小規模農家向け農業ロボットの開発・製造を行うスタートアップだ。起業のいきさつは、同社社長の日吉有為さんが塩尻市に移住したことに端を発する。日吉さんは、もともと東京でコンピューターグラフィックスの制作会社を経営し、都心に暮らしていた。ところが、2020年4月に新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が発令され、1歳に満たない息子や妻の生活を守ろうと地方移住を考え始める。知人が同時期に塩尻市への移住を検討していたため一緒に下見に出掛け、5月に家族そろって引っ越した。 「塩尻に来たばかりの頃、友人の家族用の田んぼで田植えを手伝ったんです。観光気分で楽しかったんですが、その後の草取りがめちゃめちゃ大変で」と日吉さんは当時を振り返る。
除草剤を使えば10分程度の作業で、その後草取りをする手間がほぼ省ける。しかし、その秋に収穫した無農薬の米を食べた日吉さんは「人生観が変わった」。 「東京では必要なものを買うため、稼がないと生きていけません。でも、ここでは作物を自分でつくれば、稼がなくても飢えることはありません。僕は今まで何をやっていたんだろうと、生き方を見直したと同時に農業に興味を持ちました」 そこから日吉さんは、農薬や化学肥料に頼らない自然農法をできるだけ楽に行う方法を考え始めた。
仲間の知識や技術を活用して除草ロボットを開発
21年5月、田植えシーズンが始まった。草取りは田植え後から約40日間、定期的に行う必要がある。主な方法は、雑草が小さいうちに刈り取ることと、水を濁らせて雑草の光合成を妨げることだ。隣の田んぼで自然農法を実践している女性が、チェーンを短冊状に取り付けた棒を引きながら歩く「チェーン除草」を行っているのを教えてもらったが、これを5日に1回のペースで行うのは正直きついと感じた。田んぼの中で自在に動いてくれる除草ロボットはないものか―。 「既存製品があるか調べてみると、意外なことに一つもありませんでした。それならばと、一緒に塩尻に移住した知人に話を持ち掛けました。彼はかつてバイクのカスタマイズを本業にし、その業界では名の知られた発明家なんです」
その経験と技術により、3日ほどで試作1号機が完成した。ベビーカーのタイヤを利用し、簡易モーターを取り付けた4輪式のもので、ラジコンで操作をする。実際の田んぼでテストすると、水は濁るが泥にタイヤが取られてうまく曲がれなかった。 「塩尻市のコワーキングスペースでそんな話をしていたところ、居合わせた人が『ソーシャル・ビジネス創業支援金』という県の事業があることを教えてくれて、一緒に塩尻に移住し、後に創立メンバーの一人となった一級建築士の友人を中心に申請書類を書きました。運よく申請が通ったので、補助金を活用して改良に取り組みました」
それを機に、日吉さんは友人たちと資本金を出し合い、10月に同社を設立。その後、塩尻商工会議所から兼業・副業人材とのマッチングプロジェクトを紹介され、本業を継続しながら農業分野に飛び込んだ兼業・副業人材と出会う。
冬頃から2号機の試作に取り組み、形状を3輪に変えて曲がれない課題を克服した。22年、「ミズニゴール」と名付けた製品の実証実験に参加してくれる農家を5戸、クラウドファンディングで募集した。実験の結果、3戸の農家と自社の田んぼ6枚のうち4枚が草取りをせず収穫を迎えた。今年は50台の申し込みがあり、モーターの故障と自動化の開発が遅れ、結果的に30台での実証実験に挑んだものの、モーターの耐久性に課題が残った。
全自動化実現で広がる自然農法の未来
とはいえ、日吉さんに焦りはない。同製品のニーズは高まっており、そのために今やるべきことが見えていることや、一緒に取り組む仲間にも恵まれているからだろう。 「現在、ラジコン版だけでなくGPSによる自動運転版の開発も進めています。それが可能になったのは、電気や電波に詳しい新たな人材と巡り合ったことが大きい。彼は会社勤めの傍ら、自分のラボを持っていて、来年の実証実験に向けて製作中です」
もとは「草取りが嫌だな」から始まった事業だが、同製品を通じて日本の農業の現状を知り、目標が明確になってきた。それは日本を「世界一安全な食の生産国」にすることだ。現在、日本で自然農法を行っている農地の割合はごくわずか。安全な食を求める人はたくさんいるが、自然農法の取り組みは限定的だ。そのネックの一つである草取りが、同製品の全自動化の実現で省力化されれば、従来の慣行農法を行う農家が有機栽培や減農薬栽培、無農薬栽培などに切り替える可能性がある。 「その未来に向けて、自然農法で収穫した米を高値で買い取り、安全な食を求める人への販売を試験的に行っています。生産から販売までサポートできるようになれば、現在のスタッフではとても回せないので、今後は専業の人材を雇用していきたい」と日吉さんは屈託ない笑顔を見せた。
会社データ
社 名 : 株式会社ハタケホットケ
所在地 : 長野県塩尻市大門八番町1-28
電 話 : 090-4433-4138
HP : https://hhtk.jp
代表者 : 日吉有為 代表取締役
従業員 : 3人
【塩尻商工会議所】
※月刊石垣2023年10月号に掲載された記事です。
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