足元で、中国経済がかつての勢いを失っていることで、国際社会の中国に対するスタンスが少しずつ変わり始めている。これまで中国依存度が高かったドイツでは、少しずつではあるが中国依存度を弱める動きが出ている。また、イタリアのメローニ首相は9月初旬のG20会議で、一帯一路からの離脱を中国の李強首相に伝えたと報道された。アジア諸国の中にも、中国の南シナ海での拡張主義を明確に批判する声が出ている。また、対中国政策の修正を検討する途上国、新興国も目立ち始めているようだ。今後、一帯一路への参加継続に慎重になる国は増えるかもしれない。
2013年9月、習近平国家主席は“一帯一路”の構想を発表した。構想の主な目的は、中国から欧州までを含む地域を陸路と海路で結び、沿線国との貿易、投資、人的交流を強化し、中国主導で世界経済の成長性を高めることだった。同年10月、APECサミットで習主席は、「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」の設立を表明。一帯一路の沿線各国のインフラ投資資金を提供する体制を強化した。国際通貨基金(IMF)など米国の影響力の強い国際金融機関に匹敵する組織も設立し、世界経済をけん引する考えをより強く世界に示したといえる。
当時のオバマ米国大統領はAPECサミットを欠席。その分、一帯一路やAIIBを提唱した中国の存在感は高まった。同年11月、国家安全保障を担当したライス米大統領補佐官は、米中は対等であり、政治、経済などで台頭を容認するとも解釈できる講演を行った。世界経済の中で米国でさえ中国の勢いは止められず、米中経済の逆転は時間の問題との見方は一段と増えた。それに呼応し15年3月、英国がAIIBへの加入を表明。ドイツ、フランス、イタリアも続いて加入した。また、19年にはイタリアがG7で唯一、一帯一路に参加。中国主導で進む広大な経済圏の成長を取り込もうとする考えは高まり、参加国は130を超えたとの指摘もある。13年当時、米国の経済成長率が2%ほどだったのに対し、中国は8%前後。中国経済への期待が高まり、一帯一路に参加する国が急増したのは自然な流れだったといえる。
ところが、17年頃からAIIBの融資残高は伸び悩んだ。20年以降、一帯一路の沿線国では対中債務の焦げつきも発生。その後、中国は不動産バブルの崩壊によって景気が低迷し、一帯一路の運営に多くの資金などを振り向けることが難しくなった。「経済面で中国が支援してくれる」との潜在的な期待もしぼんだ。
20年8月、共産党政権は三つのレッドラインを導入し、不動産市況は急速に冷え込んだ。地方政府の財政は悪化し、景気対策の発動も難しい。地方融資平台、そのローンを組み入れた信託商品や理財商品のデフォルト懸念も高まった。一部では雇用環境の悪化など景気低迷の深刻化に不満を募らせた人のデモなども起きた。また、中国が不動産業界や地方融資平台の不良債権の処理を大規模に進めることも容易ではない。景気持ち直しの道のりは険しく、本格的な回復には時間がかかる。中国共産党政権が一帯一路沿線国に、手厚い支援を提案することは難しくなった。その結果、インドネシアでの高速鉄道の完成は当初の予定より5年遅れた。AIIBなど一帯一路に参画してきた中国の金融機関が担保を差し押さえ、債権回収を急ぐことも予想される。
今後、多くの欧州諸国は、自国や同盟国の経済安全保障に関わる分野で日米などと連携を強化すると見られる。それ以外の民間レベルで協力できる分野では、中国と過度な対立を回避しつつ可能な範囲で貿易や投資を促進することになるだろう。景気低迷によって、一帯一路構想の魅力はあせた。一帯一路構想を推進し世界トップの経済大国を目指すという中国の夢もしぼみつつある。中国経済の失速で、国際社会での中国への求心力には低下圧力が掛かりやすくなっていると見るべきだろう。これから中国政府がどのような政策運営で自国経済を立て直すか、世界の注目が集まる。(9月12日執筆)
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