航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、半導体受託生産の世界最大手であるTSMC(台湾積体電路製造)の進出に沸く熊本県について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
低位にとどまる経済水準
熊本県に本社を置く九州フィナンシャルグループによれば、TSMC進出による県内の経済波及効果は約6兆9千億円(2022年からの10年累計)と試算されている。第2工場以降は未考慮であり、今後の進展次第では、さらなる波及効果が期待できよう。
一方、足元の経済状況は、熊本県の県内総生産(GRP)は6.4兆円(47都道府県中第24位)、1人当たりGRPは364万円で、東京都の826万円には及ばないにしても、全国平均459万円の8割(同第37位)にとどまり、TSMC効果でGRPが1割増加しても全国平均にも届かない状況だ(数字は19年)。
11年から19年にかけ、日本のGDPは497兆→558兆円と円ベースでは成長しているが、ドルベースでは6.2兆→5.1兆ドルと縮小しており、熊本県も同様である(700億→584億ドル)。この間、世界GDPは738兆→873兆ドルに拡大しており、日本、そして熊本県も、世界の成長から取り残されている状況だ。
ここで熊本県の地域経済循環(生産→分配→支出と流れる所得の循環)を見ると、熊本県は地方交付税交付金などの財政移転で所得が流入する一方、移輸入が移輸出を上回る移輸入超過で所得が流出していることが分かる。しかも、第1次産業のみ移輸出超過で、第2次・第3次産業とも大幅な移輸入超過となっており、「電子部品・デバイス」など世界に冠たるものづくり産業があるものの、地域で必要な商品・サービスは、基本的に県外からの移輸入に頼っている構造である。
目線を世界に
本シリーズで繰り返し述べているが、人口減少に負けない地域づくりの第一歩は、地域経済循環を強く太くする、所得の流入を増やし、流出を抑制する取り組みを進めることだ。日本国内だけを見ていると人口減少もあって大きな市場の伸びが期待できないかもしれないが、世界は着実に成長している。そして、世界的大企業が多くの従業員・家族(報道によれば750人)と共に進出してくるこのタイミングは、あらゆる業種が世界とつながるチャンスだ。
「電子部品・デバイス」関連産業だけでなく、家族帯同・長期滞在となるため「小売業」をはじめ生活関連サービス業にとっては新たな市場が生まれ、商品によっては台湾への輸出につながる可能性もあろう。
観光でも、日本在住の友人や知人の訪問を目的とするインバウンド増加(VFR効果)が期待され、実際に、この9月からチャイナエアラインとスターラックス航空が熊本と台北を結ぶ定期便を就航させている。
ただし、この好機を地域経済循環の再構築へと結び付けていくためには、インバウンドの増加だけでは限界があり(京都市の1人当たりGRPは448万円と全国平均並みにとどまる)、地域のブランド化(熊本発・熊本産品への信頼性醸成)、起業環境整備による海外ナレッジの取り込み、海外ニーズを地域で共有する仕組みの構築などを実現していく必要があろう。
その好例は身近にあり、福岡市を中心とする商業が、いたずらに東京を経由することなく直接アジアと結び付いて成長をけん引したように、熊本県では、TSMCの進出を契機に、ものづくり産業が海外へと視野を広げ、付随してサービス業などが厚みを増していくストーリーが考えられよう。
2022年に80億人となった世界の人口は、38年には90億人、59年には100億人になると試算されている。かかる人口増を背景にますます成長する世界と結び付き、その成長とナレッジを地域内に落とし込むこと、それが熊本県のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所地域・産業本部上席研究主幹・鵜殿裕)
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