航海に正確な地図と羅針盤が必要なように、地域づくりに客観的なデータは欠かせない。今回は、長野県南部に位置し、アルプスがふたつ映えるまち・駒ヶ根市について、まちの羅針盤(地域づくりの方向性)を検討したい。
製造業で所得を稼ぐ
江戸時代に三州街道の宿場町・赤須上穂宿として栄えた駒ヶ根市は、中央アルプスと南アルプスを望み、市域の中央を天竜川が流れるなど、自然豊かな環境と美しい景観に恵まれている。また、精密・電気機械を中心とする製造業の集積もあり、15歳以上80歳未満の滞在人口(昼間)が、平日・休日いずれも国勢調査人口を上回る(人が集まる)拠点性のある地域だ。
これらの特徴は、所得が「生産→分配→支出」と流れる地域経済循環にも表れており、市外から集まった就業者が居住地に給与を持って帰ることから分配段階の雇用者所得が▲104億円のマイナス(所得流出)だ。また、第2次産業の純移輸出額が大きいことから支出段階で域際収支が63億円のプラス(所得流入)であり、製造業が地域経済を支えていることが分かる。
一方、課題も明らかだ。多くの滞在人口があるものの、支出段階で民間消費が▲70億円のマイナス(所得流出)で、来訪者のみならず市民が市内で消費する機会に恵まれていない。また、第3次産業の純移輸出入収支額が▲489億円のマイナス(所得流出)であり、市民の日常生活と関連が深いサービス業が市外からの移輸入に依存し、駒ヶ根ならではを感じる機会に乏しい状況だ。
確かに、駒ヶ根市における製造業の基盤は強い。エネルギー生産性(エネルギー消費量当たり付加価値額)も高く、世界的な脱炭素の要請が強まれば、むしろ駒ヶ根市に投資が集まる可能性もある。
ただ、人口減少下で地域間競争が強まる中、魅力が感じられない地域で従業員は働きたい、働き続けたいだろうか。また、そういう地域に企業は将来も投資を継続するであろうか。
魅力開発のために観光を
地域の強みや弱みは見方によって異なる。大事なことは強みや弱みの源となる「違い」である。特に、近隣・周辺との違いを認識することが重要だ。
豊かな自然や美しい景観は確かに駒ヶ根市の資源であるが、長野県(の市町村)であれば基本的に備わっている。また、アルプスを前面に打ち出している地域も多い。こうした中で、今ある拠点性を高めていくためには、まずは、長野県や伊那谷地域を訪れる来訪者から選ばれ続ける必要があろう。そのためには、数多くの資源のうち、周辺地域の中で違いが生み出せるものを把握し、磨き上げ、広く認知させるといった地域ブランドを育てる取り組みが重要だ。
幸い、駒ヶ根市には「駒ヶ根ソースかつ丼」という好例がある。全国的には福井市なども知られるが、駒ヶ根を冠することで、周辺地域の中での違いを明確にしつつ周知を図り、駒ヶ根ソースかつ丼規定を設けることで地域ブランドに昇華され、人を引き付ける観光資源ともなっている。
商品のみならず、スイスのツェルマットなどは、カーフリー・リゾートと称してガソリン自動車の乗り入れを禁止、雄大な自然を持つ地域の中で、静かな環境と清らかな空気という違いを生み出し、生活環境そのものを地域ブランド化し、観光地としての拠点性を高めている。 こうした取り組みは、移輸入超過の第3次産業で、ローカルビジネスを創出するのみならず、エネルギー生産性を底上げし、脱炭素の流れにさらされている製造業を助けることにもつながるであろう。
観光とは、地域ブランドを活用して拠点性を高めることであり、将来市民により魅力ある日常を提供しようとする営みでもある。単なる集客にとどまらない観光振興に本気で取り組み、人も企業も居続けたくなる駒ヶ根市ならではの豊かなライフスタイルを提示すること、これが駒ヶ根市のまちの羅針盤である。
(株式会社日本経済研究所地域・産業本部上席研究主幹・鵜殿裕)
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