トラック輸送をはじめ、物流は社会に欠かせないインフラだ。価格の上昇やサービスの低下などで他の産業や消費者にも大きな影響を及ぼす恐れのある、物流の「2024年問題」。働き方改革関連法によって2024年4月1日以降、自動車運転業務の年間時間外労働時間が960時間以内に制限されることで発生が予想される、さまざまな問題を指す。持続可能な物流の実現へ何ができるのか、企業はどう対応すべきなのか。
[総論]国土の使い方を変えてトレーラー輸送の実現を
2024年4月1日以降、運送業のトラックドライバーの時間外労働時間が大きく制限されることに伴い、物流・運送会社だけでなく、荷主側の企業にも大きな影響が及ぶことが予想されている。この「2024年問題」の本質は何なのか、それを根本から解決するにはどうしたらいいのか、そして荷主側の企業はどうしたらいいのか。国内外の物流事情に詳しい、NX総合研究所・リサーチフェローの田阪幹雄さんに話を聞いた。
来年4月1日以降、日本の輸送能力は14・2%不足
─まず「物流の2024年問題」とはどういうものかについて、簡単にご説明いただけますか。 田阪幹雄さん(以下、田阪) これは、2024年4月1日からトラックドライバーの労働時間の上限が決められることで起こる問題のことです。現行では年間の拘束時間が3516時間以内だったのが、マイナス216時間の3300時間以内になります。1カ月にすると現行293時間、最大320時間(労使協定がある場合)だったのが、284時間、最大310時間となり、それぞれ現行よりもマイナス9時間、マイナス10時間となることから、大きな影響が出てくるということです。
─具体的にはどのような影響が出てくるのでしょうか。
田阪 現時点では(表1)、年間3300時間以内で働いているドライバーは73・4%しかいなくて、これを超えて現行の上限である3516時間以内で働いている人が22・3%。それ以上働いている人たちがグレーと黄色の部分で、これだけいる。これが現状です。そうすると、これまで3300時間を超えて働いて荷物を運んでいた部分の量が、これからは運べなくなるということになります。総量にして4・0億tほど。輸送能力の割合でいうと14・2%不足することになるわけです。
─それがどのような業務に影響を与えるのでしょうか。
田阪 業種別に見ると(18ページ表2)、発荷主側で影響が一番大きいのが農林水産業で、不足する輸送能力の割合は32・5%。次が特積みと呼ばれる、複数の発荷主の貨物を混載して運ぶもので、不足するのが23・6%。その次の元請けの運送事業者というのは、日本通運のような規模の大きい物流事業者のことで、季節変動で物流量が増えたときに下請け業者に運送を依頼するのですが、それが12・7%も不足するわけです。これもかなり深刻な状況になります。
─工場などの現場では、どのような問題が起こりますか。
田阪 工場側の荷物の発送や受け入れの準備が約束した時間に間に合わなかった場合、回収または配達に来たトラックが、これまでのように準備ができるまで待ってくれなくなる可能性があります。ドライバーの拘束時間を短くしなければいけないので、長時間待つことができないからです。また、ドライバーに荷役をやらせると拘束時間が長くなるために、荷役をしてくれなくなるかもしれません。
「2024年問題」を根本から解決するには
─「2024年問題」に関する最近の報道を見ると、宅配業における人手不足の問題が大きく取り上げられています。
田阪 消費者にとって最も身近な物流問題だからだろうと思いますが、「2024年問題」の根幹は宅配便ではありません。宅配便というのは、全体の物流量の非常に小さな割合でしかないのです。全体の輸送量に宅配便が占める割合は1%あるかないかです。それ以外は工場間や工場から物流センター、物流センターから店舗といったBtoBの輸送で、そこに大きな影響が出てくるというのが「2024年問題」なのです。
─トラックよりも多く貨物を運べる鉄道や船での輸送を増やしたら、という声もあるようですが。
田阪 トラックから鉄道や船に貨物をシフトしていくモーダルシフトは、重量ベースで90%を超える貨物量をトラック輸送が担っている状況を根本的に打開するために、インフラ整備を含めて中長期的に取り組んでいかなければならない不可避の課題です。しかし、現状では鉄道も船も輸送手段に占める割合はわずかで、「2024年問題」を解決できるほどの貨物量をすぐにシフトすることはできません。幹線輸送に鉄道や船を使うことはできても、荷主の戸前まで行けないので、結局、発着の両端はトラックで運ばざるを得ません。輸送手段の問題は中長期的課題としてインフラも含めて計画的に取り組むとして、短期的に取り組むべき課題はトラック貨物輸送の発着両端で、ドライバーが荷物の積み込みや積み下ろしを手作業で行う手荷役や、発着地点での手待ち時間も含めた長時間労働といったオペレーションのやり方を見直すことにあると思います。
─この問題を解消することが、「2024年問題」を根本から解決することにつながるわけですね。
田阪 はい。世界と比べると日本の運送業の労働生産性は非常に低く、例えば米国の運送業と比較すると、同じ時間をかけても日本は米国の半分未満のお金しか受け取れていません。かといって、これまで運送業者がサービスで行っていた手待ちや手荷役で荷主から料金を取っても、問題は解決しません。手待ちや手荷役をドライバーはもうやらない、という方向に持っていかないと、運送業の人手不足は解消できないのです。
日本より国土が狭い国でもトレーラー輸送が当たり前
─米国のトラック運送は、どのように行っているのですか。
田阪 米国では、ドライバーは荷主の工場や物流センターに着いたら、貨物を積んだトレーラーを切り離して置いていくだけです。荷役はしません。そして、前回置いていったトレーラーは貨物が運び出されて空で置かれているので、それを持って帰る。逆に空のトレーラーを置いていった場合には、それがいっぱいになる頃合いを見計らって次の空を持っていく。これの繰り返しです。そのため、ドライバーは手待ちも荷役もやる必要がありません。
─つまり、米国では荷主側が荷役をやるわけですね。
田阪 はい。というより、日本がイレギュラーです。ドライバーは荷主の社員でもないのに、荷主の工場や物流センターで働くのはなぜか。日本では1990年にトラック輸送業の規制緩和が始まった時に過当競争となり、サービスとして無料で手待ちや手荷役をドライバーにやらせるようになり、それが今も続いているわけです。それに関する条件も契約書もありません。そういうことが普通に行われていること自体が問題なのです。
─大きいトレーラーでの輸送は、日本のような狭い国では難しくありませんか。
田阪 米国のような広い国だけでなく、ヨーロッパでは日本より狭い英国でもやっています。日本の10分の1ほどしか国土がないスイスでもやっています。これは国土の使い方の違いから来るもので、英国の場合、20世紀初めに土地開発権を国有化して、都市計画の際に住宅地帯の開発と工場や物流施設の開発を完全に分離したので、トレーラー輸送が普及したのです。
それに対して日本の都市計画法では、用途の混在を防ぐために13の用途地域に分けられていますが、工場や物流施設と住宅が共存できる地域が半分以上ある。このような地域にある工場にトレーラーが出入りすることは難しい。つまり、日本でトレーラー輸送が普及しなかったのは、国土が狭いからではなく、土地の使い方を変えてこなかったからなのです。
今後、対処していくためには何をすべきか
─日本にも工業団地が各地にありますが、これはどうでしょう。
田阪 工業団地そのものはいいのですが、そこにある工場の構造が町工場と変わらないのが問題です。トレーラーを受け入れるようにできておらず、トラックから地面に荷物を降ろす作業が必要なところがほとんどです。これを変えなければいけません。
─つまり、今回の「2024年問題」を根本から解決するためには、土地の使い方から変えていかないといけないということですね。
田阪 そうです。来年4月までに今の状況を変えることはできませんが、対症療法だけをやっていても根本的な問題は解決しません。つまり、用途地域において工場地域と住宅地域を明確に区分して、将来的には欧米のようなトレーラー輸送の実現を目指しながら、短期的には対症療法を行っていくべきだと思います。その短期的な対症療法には、トラックドライバーの長時間労働を改善する「手待ち時間の改善・削減」、トラックドライバーの作業負担を減らす「手荷役・付帯作業の改善・削減」、そして運送業者の経営改善やトラックドライバーの収入を上げるための「適正な運賃・料金の収受・負担」などが挙げられます。
─多くの中小企業が、サプライチェーンの中でトラック輸送を利用していますが、今後「2024年問題」に対処していくためには何をするべきでしょうか。
田阪 顧客である着荷主側と話し合って、発着の両端で荷役に負担がかからない方法を進めることです。簡単な方法はパレットに貨物を載せて、そのままトラックに運び入れるようにすることです。また、出荷と荷受けの時間的な同期の取り方を決めて、トラックドライバーの手待ち時間を減らす必要もあります。これは自分たちが部品を調達する方でも同様で、サプライヤー側と話し合う必要があります。つまり自社だけで解決するのではなく、顧客、サプライヤー、運送業者と一緒になって解決していかなければいけません。
─日本でも米国のようなトレーラーによる輸送体制を構築することは可能なのでしょうか。
田阪 実際、日本に進出している米国の大手小売業者は、すでに日本でも米国的なオペレーションで物流を行っています。同じことを日本のサプライチェーンで行うことは可能だと思います。
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