生粋のパリジェンヌながら日本語が堪能で、日本への造詣が深いドラ・トーザンさん。1992年に来日してから30年が過ぎ、国際ジャーナリスト、エッセイストとして日本とフランスの架け橋となる活動に尽力する。2カ国を独自の視点で捉え、つなぐ。
NHKへの電話が日本との縁を結び付ける
いくつになっても自分らしく、楽しく生きることを提案し続けているドラ・トーザンさん。生まれも育ちもフランス・パリで、今では日本のテレビやラジオに出演する機会が多く、講演会や執筆活動も精力的に行っている。だが、ドラさんは、いわゆる外国人タレントとは一線を画す。来日前の経歴も輝かしく、名門ソルボンヌ大学で応用外国語学修士号を取得し、奨学金でドイツへ留学。その後、官僚や政治家、国際機関職員などを輩出するパリ政治学院で学んでいる。
そのドラさんが、なぜ来日したのか。旅行好きで世界各国を旅していたが、日本は未知なる国。好奇心をかき立てられたという。 「インターンシップでドイツ、タイ、日本のどれかを選べる中、迷わず日本を希望しました。初めての日本、東京に〝一目ぼれ〟です」
ドラさんがほれ込んだのが、静と動、モダンとトラディショナルなど二律背反する要素を内在するエネルギッシュなまちの様相だ。西洋とは違う文化や風習、国民性に魅せられ、ホームステイ先のファミリーから「NHKのフランス語会話の講師をやってみたら」の提案にも喜び、自らNHKに電話するが、この時はあえなく断られてしまう。だが、ドラさんのこの行動が、後の運命を大きく変えた。 「インターンシップ後、私は、世界をもっと良くしたい、変えていきたいという気持ちを抱いて、ニューヨークの国連本部の広報部で働いていました。国際政治学者の緒方貞子さんをはじめ、各国の要人とお会いする 貴重な体験をいくつもしていました」
そのような時、今度はNHKから連絡が入る。テレビ番組『フランス語会話』の1年契約での出演依頼だった。ドラさんの気持ちは揺れた。
安定したキャリアよりもワクワクする気持ちに従う
今でこそ日本語が堪能なドラさんだが、当時は「日本語はほとんど分からなかった」そうで、国連でこのまま働くこと以外に、イタリアで法律関係の仕事に就く選択肢もあったという。日本に行っても1年契約後の仕事や生活の保証はない。バブル経済がはじけていたとはいえ円高で、日本での生活費はかさむ。ロジカルに分析しても高リスクだった日本だが、それでもドラさんは日本行きを決めた。 「大切にしたのはワクワクする好奇心と、ほんの少しの勇気です。そして何より、私は日本の人たちと気持ちが通じ合うことが多いと感じました。知らないことばかりだけど、きっと何とかなる。一度決めたら振り返らず、フランス語会話の番組に専念しました」
日本のことを知ろうとする前向きな姿勢、仕事を最後までやり切る情熱、そして社交的な人柄で、ドラさんはたちまち日本に溶け込んでいく。テレビ番組も1年契約が5年に延長するほど好評を博し、テレビ出演を機に慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの専任講師の仕事も舞い込む。女性活躍やワークライフバランス、観光振興、ガストロノミー、アートなどをテーマに積極的に発信する。日本とフランスを行き来することで培われた視点が注目され、新聞や雑誌のコラム執筆、テレビやラジオ番組の出演、そして講演会など、さらに仕事の幅が広がっていった。 「フランスでは日本のことを、日本ではフランスのことを聞かれる。居る場所と話すことが別々という不思議な状態です。最初は戸惑いましたが、ユニークなポジションが楽しくなっていきました」
日仏の文化をきちんと伝えるために、ドラさんはフランスのことを改めて深く学び、日本各地を飛び回っては日本文化に触れていった。そうした中、次第に〝日仏の架け橋〟という自分の役割を見いだしていく。「それはとても自然な流れでした。どちらの国も知っている私だからこそできること。日本の一番好きなところは何? とよく聞かれますが、私は『日本人の心』と答えています。頭で考えるのではなく、感性の細やかさ、美意識にとても引かれます。まち並みも自然も美しく、治安もいい。でも一方で少しルールに縛られて堅苦しい印象があります。フランスは個人主義の国だからそう思うのかもしれませんが、もっと周りの目を気にせず、好きなこと、やりたいことをやってもいいのではないかと思います」
日本ブームのフランスで情報発信する機会が増加
フランスは年間約8200万人が訪れる世界一の観光大国。だが、当のフランス人が、今一番行きたい都市ナンバーワンは東京だとドラさんは熱く語る。 「今、パリに日本ブームが来ています。今年8月には、パリ1区に『iRASSHAi』という大型日本食コンセプトストアがオープンして大盛況です。フランス料理同様に、ユネスコ無形文化遺産に登録された和食に対し、フランス人の関心は高く、日本酒も大人気。日本の伝統建築やインテリアに興味を持つ人も増えてきています」
これまでは「ドラのパリ散歩」(雑誌『マリ・クレール』連載)のように、フランスのことを日本に伝える場面が多かったというが、今は、その逆の流れが来ているという。 「日本とフランスの違いはたくさんありますが、実は共通点も多いのです。ものづくりの伝統や芸術、豊かな食文化など、感性を磨く探究心はどちらの国も非常に高く、リスペクトし合う関係にあります。そして、あまり知られていない共通点に温泉があります。私は日本の温泉が大好きで、ONSENアンバサダー(ONSEN・ガストロノミーツーリズム推進機構)にも任命されています。ヨーロッパで日本の温泉の魅力も広めていきたいです」とドラさん。いろいろな角度から日本を紹介する機会が増えそうだと目を輝かせる。
フランスで、日本に関する著書を出版する計画も進んでいるそうで、ドラさんのフランスでの活動にも期待が高まる。だが、日本での活動が減るかといえばそうではない。YouTubeチャンネル「銀座MMMチャ ンネル」で今年8月から「ドラ トーザンのパリ・ミュゼ散歩」がスタートするなど、新たなチャレンジも続けている。 「コロナ禍を経て、今は3、4カ月サイクルで両国を行き来しています。でも、クリスマスは毎年パリ。これは私の中の決まりです」と笑顔を浮かべるドラさん。軽やかに、しなやかに、フランスと日本を行き来する日々は続く。
ドラトーザン Dora Tauzin
国際ジャーナリスト・エッセイスト
パリ生まれ。ソルボンヌ大学、パリ政治学院を卒業。国連本部広報部に勤務 。1992年より NHK テレビ『フランス語会話』に5年間レギュラー出演。慶應義塾大学講師などを経て、日仏の架け橋としてテレビやラジオ、講演会など多方面で活躍。2009年文化庁文化発信部門の長官表彰を、15年フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章を受章。全国推奨観光土産品審査会の特別審査委員。東洋経済ONLINE「ドラの視点」を担当。『好きなことだけで生きる』(大和書房)など著書多数
写真・後藤さくら
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